8話
「ようやく話せる人が……思ってることを全部喋っても大丈夫な人が、現れてくれた……ああ……」
顔を覆った指の隙間から、すすり泣く声が漏れていた。
しばらくして、それは言葉へと変わる。
「なんで転生なんですか……なんで私なんですか……っ。意味が分かりませんよ。男だし、王子だし……!」
見上げる青い瞳には、大粒の涙が溜まっていた。
「前の世界での私はずっと、人目につかないように生きてきたんですよ……。その結果、喋らな過ぎて友達がほとんどいなくなるくらいには、ずっと潜んでいたんです。それなのに今では、全部周りの人に見られて……全部ですよ!?」
美沙は息を吸い、堰を切ったように続ける。
「顎を掻いたら『何か考えごとですか』って聞かれて、咳をしたら『何か失礼があったんだろうか』って顔で見られて……。今の行動には何か意味があるんじゃないかって、全部裏を読まれるんです」
自嘲気味に、美沙は顔を歪めた。
「……知ってますか? 私、冷酷って言われてるんです」
「……知ってるよ」
五郎が短く、静かに応える。
その落ち着いた声に促されるように、美沙の言葉はさらに溢れ出した。
「バルガス伯爵っていう、ほとんど会ったことがない親戚と一緒に仕事をしろって言われて……。あの人、声が大きくて下の人をすぐに怒鳴り散らす、最悪なオジなんです。それなのに『貴方はただ判子をついていればそれでいい』とか、見下した言い方をしてきて……!」
悔しそうに、美沙は拳を握りしめる。
「それが悔しくて、絶対に自分でやり遂げてやるって色々頑張っていたら……帳簿につじつまの合わないところを見つけたんです。それでおかしいなと思って監査官に持って行ったら、どんどん話が大きくなって……」
俯いた王子の顔から、涙が床にこぼれ落ちる。
「気がついたら大問題になっていて、バルガス伯爵は貴族としてはもう終わりだ、みたいな感じになっていて……」
声が震えた。
「そしたら今度は、私に『冷酷』って二つ名がついたんです。それからはもう、周りの大人たちがピリピリし始めて……。私に何かされるんじゃないか、次は自分の番なんじゃないかって、みんなが怖がってるのが伝わってくるんですよ……!」
大きな体で丸まり、少女のような弱音を吐き続ける美沙。
五郎は静かにその場に屈み込み、美沙の目線に合わせた。
「……あ、ごめんなさい。私ばっかり喋って」
少し恥ずかしそうに言って、視線を下げる。
「大変だったな……」
「大変です、すっごく大変です」
「だけど、そのお陰で喜んでいる人は、大勢いるみたいだよ」
五郎は、落ち着いた声でゆっくりと言った。
「……本当ですか……?」
「ああ。バルガス伯爵が悪さをしていた街道の通行税徴収がなくなってから、市場に並ぶ野菜や肉の価格が下がったらしい」
美沙は、はっとしたように涙に濡れた顔を上げた。
「……そういえば、私も聞いたことがあります。側近の人が、報告書を持ってきてくれて……」
「良いことじゃない。みんなが、安くて美味しいご飯を食べられるようになったんだから」
「……そう、ですね」
「そうだよ」
五郎の断言に、美沙の心に絡みついていた『冷酷王子』という言葉の呪縛が、少しだけ解けていく。
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