14話 ~LAST~
激しい雨が、養豚で有名なその村を叩きつけていた。
村の外れにある、悪臭の漂うボロボロの小屋。その牢の中に、二人の少女がいた。
透き通るような白い髪と、赤い瞳。
アルビノの双子は「不吉の象徴」として、長らく忌み嫌われてきた存在だった。そしてこの村でも、それは例外ではない。
あちこちが崩落した屋根は、雨水を容赦なく落とし、少女たちが座る牢の床を水浸しにしている。
二人の少女は、痩せ細った体で互いを抱き合い、わずかな体温を分け合っていた。
その真ん中には、彼女たちの唯一の友である痩せた黒い猫が、同じように雨に濡れながら丸まっている。
「お腹……空いたね………」
言葉を吐く唇は青ざめ、歯がカタカタと鳴っていた。
「ねえ、もう……おやすみしよう? 寝ている間は、何も感じなくていいから………」
一人が力なく笑い、もう一人が静かに目を閉じた。
すると黒猫が上半身だけを起こし、出入り口の扉をじっと見つめた。次の瞬間――。
「なんだお前ら!」
雨音を塗り潰すほどの、激しい人間の争う声が外から響いてきた。
「勝手に村へ入るな!」
「うわあぁっ!」
「おい! よくもやりやがったな、この野郎!」
「止まれ! 止まれっつってんだよ!」
「忌み子だ! その小屋にいるのは忌み子だ! 近づけば、お前らだって呪われるぞ!」
「ぶあぁーーー!」
「おい、止まれと言っているのが聞こえんのか! 忌み子がこの村にいると外に知られれば、俺たちの育てた豚は一頭も売れなくなる! この村の全員、路頭に迷って死ねと言うのか!」
「偽善者が……! どこの馬の骨か知らんが、お前らみたいな金持ちの偽善で、俺たちの村を終わらせる気か! 帰れ! 俺たちの生活を奪うな!」
ドォォォォン!!
腐りかけた扉が、内側へと吹き飛んだ。
水しぶきと共に現れたのは、フリルの付いた漆黒の服に身を包んだ、黒髪の少女――マリーゴールドだった。
その瞳は猛禽類のように鋭く、あまりの威圧感に、双子の少女たちは悲鳴を上げる気力すら失い、壁際へと這いずって逃げた。
「……酷い目にあったな」
少女たちは、それが自分たちを労わる言葉だと直感的に理解した。見た目の迫力に反して、どうやら悪い人ではなさそうだ。
「こんなもの!」
マリーゴールドは無造作に檻へ歩み寄ると、分厚い鉄の錠前を、まるで飴細工のように素手で引き千切り、床へと捨てた。
そして、もうひとり。
湿った強風と共に入ってきたのは、青い長髪から雨水を滴らせる、クリスティアン王子だった。
これまでに見た誰よりも高貴で、そして神々しい。それはまるで、青い衣を纏った天使が、嵐の中を舞い降りてきたかのようだった。
牢の隙間から、ふたりの少女へ向かって手を伸ばす。
「私の名はクリスティアン……一緒に行こう」
固まっている少女たちを動かしたのは、なぜか二人に寄り添い、いつもそばにいた黒猫の細い雄叫びだった。
――『こいつらは大丈夫だ。俺たちを助けに来てくれたんだ』
高く上げられた尻尾と金色の瞳が、そう語っている気がして、少女たちは互いに目を合わせて頷き、真っ白な手を同時に伸ばした。
ずっと待っていた。
死んでしまうことを覚悟していたはずなのに。
期待しては裏切られ、期待しては裏切られ、やがて期待することをやめてしまったはずなのに。
それでも心の奥底に残っていた、ほんの一寸の希望。そこに再び火が灯る。
手が触れ合った。
「ありがとう」
クリスティアンの温かい手のぬくもりが、冷え切った少女たちの手を包み込んだ。
「……もう、大丈夫。私が、君たちの居場所になるから」
突然の状況に、理解が追いつくはずはなかった。それでも、何をするべきかだけは分かっていた。
水に濡れた床を、手をつないだまま歩き、牢を出る。
怖かった。
きっと小屋の外では、たくさんの村人たちが待ち構えている。彼らは恐れているからこそ、簡単に逃がしてくれるはずがない。
そして、それはその通りだった。
扉の向こうから聞こえる、荒々しい人間の声。そして、カチャカチャと鳴る農機具の音。
豚の臭いよりも、さらに強い暴力の臭い。
「任せろ!」
小柄な黒髪の少女が自信ありげに笑い、外へと飛び出した。
「……消え失せろ!!」
雨にも負けず、風にも負けず、むしろ一層迫力を増した雷鳴のような一喝に、村人たちの群れが後退する。
「失せろ! 失せろ! 失せろ!」
恐れたのは、村人たちだった。
「彼女の名前はマリーゴールド。彼女は強いんだ、とってもね……」
誇らしげに微笑むクリスティアンの表情からは、小柄な少女に対する完全な信頼が感じられた。
戻ってきた少女の前髪は雨にぺたりと張り付いていたが、その表情は誇らしげで、楽しそうですらあった。
「これから外に出るから、これ着とけよ。濡れてるけど、何も無いよりはマシだろ」
マリーゴールドが上着を差し出すのを見て、クリスティアンも続く。それは、ふたりが今までに見たこともないほど上等な上着だった。
「良いから良いから、気にするな。この王子様のクローゼットには、着てない服がたくさん眠ってるんだから」
遠慮する自分たちを気遣い、無理矢理に着せてくれたことが、どうしようもなく嬉しくて、羽織った途端に涙がとめどなく溢れ出した。
――解放されたんだ。
立派な馬車へと続く道中に降り注ぐ、重く冷たい雨。大嫌いなはずの雨が、今日はとても暖かく感じられた。
「良かったら、これ……」
馬車の中で差し出されたクッキーは、信じられないほど良いバターの香りがした。
「いっぱい食べて」という言葉が優しくて、嬉しくて、これが『幸せ』なのだと知った。
寄り添うように座る二人の間で、同じくクッキーを貪っていた黒猫が、満足そうに鼻を鳴らし、ふたりの顔を見上げた。
「俺のおかげだな」――そう言っているような気がして、ふたりは泣きながら笑った。
権力の横暴だと怒る人がいる、偽善だと嗤う人がいる、助ける人を選んでいると叫ぶ人がいる、だけどいい。
完璧なんて神様の仕事だ。
「良かったね」
「うん………」
もらい泣きの涙をぬぐった後の美沙の手の上には五郎の手が置かれた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
握ってくれる手があるのは、きっと幸せだ。
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