1話
青空から、朝の太陽が苛烈なほどに煌めいている。
緻密な彫刻が施された円柱と、ドーム型の屋根のお城のような建造物。ここはミラノイタリー国で最高権威を誇る教育機関の施設である。
現在ここでは、王立パルマ学院の入学式が開催されていた。館内には、一様に気品ある顔立ちをした新入生たちが居並んでいる。
ステンドグラスから差し込む光に横顔を照らされている、ひとりの女子生徒がいる。
小柄な体躯、濡れたような漆黒のボブカット。彼女が他の生徒とは異なる簡素な制服を纏っているのは、平民の出自ながら卓越した能力を認められた「特待生」である証だ。
彼女には二つの名前がある。
現在の名は、マリーゴールド。
かつての名は、芦屋五郎。
彼は前世の記憶を保持したまま、異なる性別でこの異世界へと転生した。
周囲の生徒たちが厳粛な儀式に身を硬くする中、五郎――マリーゴールドが意識を割いていたのは、自らの足元だった。
(……やはり、落ち着かない)
二十年以上を男として過ごした彼にとって、スカートという衣服は、あまりにも慣れない。下半身を通り抜ける不自然な風通しの良さ。湧き上がる羞恥心。壇上の祝辞など些末な雑音に過ぎない。
(ズボンが、ズボンが欲しい………)
その時。会場の空気が一変した。
「――生徒会長挨拶」
司会の声が響き、階段を上る規則正しい足音が静寂を打つ。
「見て、クリスティアン殿下……」
「冷酷王子よ……」
「神々しいわ………」
さざめくような私語と共に、一人の少年が登壇した。
流れるような長い青髪。高身長。彫刻のような美貌に宿る鋭い三白眼は、まるで不純物を排する冷たい刃のようだ。
ステージの中央に立った王子が新入生を一瞥すると、ざわめきは瞬時に氷結し、重苦しい静寂が支配した。
(まさか……)
ひと目見た瞬間に、マリーゴールド(五郎)は彼から目を離すことが出来なくなった。過去の記憶が去来して彼の脳を埋め尽くした。
視界の隅で動きがあった。
数列前に座っていた赤髪の少女が、糸が切れたように椅子から崩れ落ちたのだ。周囲が当惑し、誰もが硬直する中でひとりだけが最短距離を動いた。
マリーゴールドの小さな体は、倒れ込む少女の背中を、地面に触れる寸前で静かに受け止める。
「……大丈夫だ」
少女の顔は青白く、呼吸は浅い。典型的な脳貧血の症状だ。
マリーゴールドは少女の頭を低く保ち、服の襟元を緩める。会場のすべての視線が、ふたりの少女へと集まった。
「貧血だと思います」
マリーゴールドの淡々とした声が、周囲の混乱を沈静化させる。やがて、ようやく動き出した教師たちが、倒れた少女を保健室へと連れて行った。
ふと、視線を感じ、壇上を仰ぎ見た。
そこには、先ほどまでの威厳と冷たさに満ち溢れた表情とは打って変わり、口を真ん丸に開けたクリスティアン王子の姿があった。
その目が、マリーゴールドだけを見つめていた。
(美沙ちゃん)
とりあえず今は――。
マリーゴールドは視線を外し、自分の椅子へと戻った。
式は何事もなかったかのように進んでいく。しかし今この瞬間、クリスティアン王子とマリーゴールドは、確かにお互いを認識したのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
「ブックマーク」と「いいね」を頂ければ大層喜びます。
評価を頂ければさらに喜びます。
☆5なら踊ります。




