遊園地の歌~輝く冬のイルミネーション~
街で、公園で、イルミネーションで飾られるこの季節。
地方にある、古くも地域密着型の遊園地は、今年も従業員たちの手により
きらびやかなドレスを着させられる。
アトラクションに、アトラクションを囲う柵に、植木に、あちこちに植えられてる桜の木に。
カラフルな飴玉のような光の粒を連ねたイルミネーションを、従業員たちは丁寧に飾ってゆく。
「今年も、この季節がやってきたねぇ」
「おーい、今日は何人残るんだい?」
「社長が、残業代は、弾むってさ」
楽しそうに従業員たちは、朝の朝礼の時に、だれが残って
イルミネーションの飾りつけをするのか、エリア長が確認を取る。
「はいっ! 私は残ります。イルミネーション、飾りつけします。クリスマスは、明日ですもんね!」
学生アルバイトの新島ましろが真っ先に手を挙げた。
ましろは、夢見がちだが、とてもまじめな学生アルバイトで、いつも明るく元気がよかった。
「マシュマロ、でももう今月は、規定時間超えそうだから駄目だよ。ごめんね」
ましろは、上司である峰崎昭乃に、申し訳なさそうに断られた。
ましろの大学は、一足先に自由学習期間になっている。
それで張り切ってシフトをいれてしまったのだ。
ましろのバイト先の遊園地は、従業員同士の仲が非常によく、社員、アルバイト関係なく接していた。
ましろも例にもれず、皆と仲良かった。
ましろは、なぜか「マシュマロちゃん」「マシュマロ」と呼ばれていた。
『なんだか、名前がマシュマロみたいだよね』
『マシュマロか、かわいいですね』
ましろがそう答えたとたん、マシュマロと呼ばれるようになった。
ましろのあだ名を「マシュマロ」と命名した昭乃は申し訳ない! と目をぎゅっと瞑って
出勤者の名簿を挟んだボードをわきに挟んで、顔の前で両手を合わせている
「ええっ! そんな……じゃあ私は、イルミネーションの飾りつけはできないんですか……」
「マシュマロちゃん、ざんね~ん」
笑いながら、契約社員の港来未がましろの後ろを、颯爽と過ぎてゆく。
腕には、券売所で使うお金と、販売するチケットやフリーパスが入った箱が抱えられている。
「まあ、マシュマロちゃんは、大学生だからねぇ。あたしら契約社員に
飾りつけは、任せておきなって。マシュマロちゃんには、明日、たーんと頑張ってもらうさ」
来未は、そういいながら券売所に向かっていった。
ましろは、あきらめて「わかりました……」と言ってから、カギとカウンターの入った手提げを抱えて
メリーゴーランドに向かってゆく。
「ふう……」
この遊園地のメリーゴーランドの木馬は、本物の木でできている。
どうやって作っているのかわからないが、塗装が剥げている個所は、確かに木が見えているので
本当なのだろうとましろは思う。
これから、70頭ある木馬を、1頭1頭磨いていくと思うと、骨が折れた。
宝石や、金の装飾が施された馬たちは、個性豊かな色合いをしている。
白色の馬体に、金色の鬣と尾を持つ木馬。
夜空を流し込んだ馬体に、星の色の鬣の木馬。
「あんたたち、明日はクリスマスだよ」
ましろは、馬たちにそっと声をかけた。
この木馬たちは、本当にかわいい。
明日はクリスマスなので、園内のあちこちに、クリスマスの飾りが施されている。
子供が遊ぶゲームコーナーにもサンタの飾りや、オーナメントが飾られているし
園内1大きなジェットコースターの操作室には、雪だるまのぬいぐるみが飾られている。
(この木馬たちにも、クリスマスの装飾を見せてやりたい)
そう、ましろは思った。
「さて、落ち込んでいられない。やりますか!」
もうすぐ、開園時間だ。
ましろは、張り切って、木馬を磨き、点検をこなしていった。
今日も異常なしである。
ましろは、馬たちをピカピカに磨き上げ、完璧に点検をし、安全が確認された後に
その日1番目のお客様を出迎えた。1番目のお客様は、年間パスポートを持ったお母さんと
小さな女の子。
その女の子ましろはきかれた。
「この遊園地って、イルミネーションの季節に歌うって、本当なの?」
ましろも、聞いたことがあるうわさだ。
イルミネーションが輝く夜に、遊園地が歌うのだという。
夢見がちなましろは、その噂を聞くや否や、アルバイトに応募し、面接を受け
見事に採用されて、やってきた。
「そうみたいなんですけど、私はまだ、1度もその歌をきいたことなくて
今頑張って聴こうとしているところなんです
どんな歌なんですかね。聴いてみたいですよね」
笑顔でそう言いながら、中に通した。
遠くでは、ジェットコースターがうなり声をあげながら、凍り付きそうな
寒い空気の中を得意げに駆け抜ける。
空気は、冬のにおいがした。
無線機では、ほかの従業員が、総括事務所に何かを問い合わせている。
よく聞いてみるとケーキは園内で売っていないかの質問だった。
「ケーキって……」
回転が終わり、出口を開けたましろと、降りてきたお母さんと女の子がそれを聞いて
ましろも、女の子も思わず顔を見合わせて笑った。
平日なので、お客様にも、従業員にも余裕があるのだ。
余裕があるから、ニコニコと、のんびり接客ができる。
今日は、16時30分閉園だった。
交代までの時間、ましろは、たったの3組しか案内することなかった。
次の従業員と交代をして、休憩所を目指して歩いていると、遠くで、カラン、カラーンと鐘が鳴る。
11時を告げる、園内の、本物の鐘だった。
「あ、11時だ」
ましろは、つぶやいた。
ひどく穏やかな日だが、明日はクリスマス。園内は大混雑するだろう。
明日は、休憩所で従業員専用のケーキを出してもらえる。
明日はどんなケーキが食べられるのだろうか。
「来未さん、喜びそう」
来未は、スイーツが大好きなのだ。
真っ先にケーキに飛びついている姿が想像できた。
昭乃は、来未のいいお姉さんのような感じで、ましろは、2人のやり取りを見ているのが好きだった。
とにかくおしゃべりでお調子者の来未と、お姉さんのような昭乃。
昭乃は初めから社員だが、来未は、アルバイト上がりの契約社員。
それなのに、来未は、はじめから契約社員だったような気がする、ましろにとっては不思議な人だった。
1人で、頭の中で噂をしていれば、来未が休憩所にやってきた。
「おつかれ~マシュマロちゃん」
「来未さん、お疲れ様です」
「平日だから、お客さん、いないねぇ」
けたけた笑いながら、来未は、自動販売機にお金を入れた。
選ぶのはいつもの、白ぶどうのジュース。
そのジュースは、来未がお気に入りのジュースだった。
「そうですね。メリーゴーランドでも、3組しか案内しませんでした」
指を3本立てて、ましろは笑いながらそう言った。
「みんな、明日のクリスマスに温存してるんだねぇ」
そういいながら来未は椅子に座った。
古ぼけていて、壁はコンクリートの打ちっ放しの、なんともそっけない休憩所だが
ましろは、この休憩所をとても気に入っていた。
「ねえ、知ってる?」
不意に、来未は面白いものを見る目をして、ましろに言った。
「この遊園地、クリスマスに歌うんだって」
その言葉を聞いたましろは、もちろん。と、うなずいた。
「知ってます。私は、イルミネーションの時期、と聞いて、冬をずっと楽しみにしていました」
それを聞いた来未は、ニコッと笑って、口を開く。
「そりゃそうだよね。この遊園地の従業員、みんながこの噂知ってるもん」
そういいながら来未は笑って、白ぶどうのジュースを飲んだ。
口の中に、白ぶどうの味が広がる。
「でもね、私、勤続7年になるんだけど、いまだにこの遊園地の歌を聞いたことはないんだよ」
「この遊園地の噂、どこまで広がってるんだか。誰かが聞き間違えただけで
本当は、歌なんて歌ってないんじゃないんかって思うよ」
ハハッと息を漏らして、来未は笑った。
自分は、今年でこの遊園地で7回目の冬を迎えるが、1度も歌っている声を聴いたことない。
ましろは、うーん、と少しうなってから、口を開いた。
「そういうのは、意識してしまうと、聴こえなくなってしまうのかもしれませんね」
いたずらっ子のように、うふふ、と口に手を当ててましろは笑った。
意識をして見えなくなる、というのは、精霊やそういった、人ならざる何かの類は
そういうものだと、本を読んでいるうちに、知っていったのだ。
「そうなのかもね」
来未も、そういってジュースを飲みほした。
「さて、私がメリーゴーランドに行く番か。券売所ね、先に謝っておくと
売り上げないからね」
来未はそう言い残して、メリーゴーランドに向かっていった。
彼女が背負ったリュックサックに、ぶら下がっていたガンダムのキーホルダーが、きらりと
冬の太陽の光を反射して輝いた。
「港さんが行ったし、私も券売所に行くかぁ」
ましろは、1つ伸びをして、かばんを肩にかけて、券売所に向かっていった。
券売所に行くまでの道のりも、かわいらしいクリスマスの装飾が施されていた。
この飾りたちも、明日、明後日が過ぎてしまえばすべて取り外される。
それが少し悲しいが、クリスマスが過ぎても、オーナメントが飾られていたら、それは変なので
仕方がない。来年には、ましろは大学4年生で、就職活動が始まってしまう。
のんびり―――――というわけではないが、余裕をもってクリスマスを楽しめるのは
今年が最後なのだ。
「あ、ここ、宮本君が飾ったところだ」
身長パネルが、イルミネーションでグルグルに飾られていたのだが、昭乃が卒倒して、そのあと
「ちゃんと身長が図れないでしょう! 全部外しなさい!」
普段はほんわかとして、お茶目で優しい雰囲気を持つ昭乃が、そう言って全部外させたのだ。
ましろよりも、1か月遅れて入ってきた宮本冬が言ったのだ。
「身長パネルがきらきらしてたら、身長図るの楽しそうじゃないか?!」
冬がそう言うやいなや、余っていたイルミネーションで飾り始めた。
2人で楽しく飾っていたら……昭乃が来たというわけだ。
「宮本君、面白いよなぁ」
そういいながら、園内に流れるクリスマスソングを聞きながら、券売所に向かった。
券売所に入ると、ほっこり温かかった。
1人でのんびりと券売所で引継ぎを受け、のんびりとお金を数えて、外を眺める。
本当に、売り上げは0円だった。
ほかのエリアの、なんでこっちは寒い中、必死に乗り物を動かして、風に吹かれているのに
そっちはあったかい券売所にいて、座っているんだ―――――という
視線を浴びながら券売所にいた。
いつの間にか、晴れていたはずなのに、空は曇り、雪が降ってきていて、気が付けば
お客さんは1人もいない。
営業している意味はあるのか? と考えているうちに、券売所の温かさと、クリスマスソングが
混ざりあって――――――誰かの歌が聞こえた。
目の前は夜になっていて、イルミネーションが、輝いていた。
子供のような、それでいて大人のような、外国の言葉なのだろうか?
どこの言葉かわからない歌が、聞こえていた。
「あれ? 私、寝ていたの? やだ……」
しかし、時間は2、3分しかたっておらず、寝ていたのかすらわからない。
さっきは夜だった気がする。
「あの歌、だれが歌ってたの?」
暇すぎた従業員が、ひそかに、だれにも見つからないように歌っていたのが、無線機のマイクにのって
聞こえていたのだろうか?
「まあいいか」
そのまま、閉園時間まで、売り上げは0円だった。
雪のせいなのか、明日にみんな備えているのか。
イルミネーションを飾りつけしている昭乃や来未を背中に、ましろは帰っていった。
明日は、良い子の枕元に、サンタさんがプレゼントを届ける日だ。
そのまま、夜を迎え、朝になった。
大学はもう完全な冬休みだ。
ましろは、遊園地に出勤していった。
昭乃による点呼のあと、皆で頑張るぞ、おー! と気合を入れた。
開園したとたん、子供たちが走ってきて、メリーゴーランドや、空中ブランコに駆けてゆく。
あっという間に、園内は賑やかな歓声に包まれた。
ジェットコースターは、お客様の叫び声を乗せて高らかに走行音を奏でる。
メリーゴーランドは子供たちを乗せてのんびりと回る。
この遊園地は人懐こいんだよ、と昭乃は、入りたてのましろに語った。
「この遊園地は、子供たちが大好きでね、泣いている子がいると
乗り物たち総出で、あやしてまわるの。
迷子の子がいたらみんなで慰めて、励ますの。そして、家族を見つけてあげるの
私たちは、その乗り物たちの手伝いをしてるだけだよね。人を喜ばすのは乗り物なんだからね」
バイキングは大きなブランコのように揺れて、観覧車は空中散歩にお客様を案内する。
スカイサイクルはのんびりと子供を乗せていた。
「人懐こいの、なんだかわかるかも。みんな笑顔だ」
ましろは、人知れず笑った。
「今日は夜も遊べるね」
子供たちは楽しそうに笑って、ましろの横を通り過ぎた。
どこからか、ポップコーンの香りが漂ってきた。
キャラメルのたっぷりかかった、ポップコーンの、甘い香りが、ましろの鼻をくすぐった。
「夜になれば、イルミネーションが点灯しますよ。中にいる人は、もうそのまま見れますよ」
ましろは、今日何度目かの案内を、お客様にした。
夕方が近づくにつれ、イルミネーションは別料金なのか? とお客様から訊かれるのだ。
「気持ちはわからんでもないけどねぇ」
そういって、来未は苦笑いする。
「イルミネーション、私たちの手作りみたいなものだし、そんなのでお金とってちゃ申し訳ないよ」
残業代はおいしくいただくけどさ。と、来未は舌を出して笑った。
来未はちゃっかりしてるのだ。
「働いてるんだから。代金をいただくのが当たり前だよね」
それを聞いて、ましろはそれはそうです。と笑顔でうなずいた。
休憩所をましろと来未は出て、一緒に担当するゲームコーナーに向かった。
「今日は子供たちがたくさんだねぇ」
なんて来未は言うとが、その目が見る見るうちに据わった。
「子供は苦手なんだよねぇ」
と据わった目をしたが、ましろは知っている。
その据わっている目で子供を見ると、その目は丸くなり、たちまち優しい色を浮かべる。
いっそ、微笑んでいるといってもいい。
来未は、子供とどう接していいかわからなくて、苦手と言ってるだけなのだ。
心理学を勉強しているましろには、そんな嘘は見破れてしまうのだ。
ゲームコーナーについて、それぞれの人と交代した。
それから、夢中になりながら子供たちの相手をした。
ふと来未を見ると、来未も楽し気に相手をしていた。
気が付いたら、交代の時間になった。休憩だ。
隣にいる来未の姿が、おぼろげなほどな時間になってから、交代をして、休憩所に行くときに
イルミネーションが点灯した。
歓声が上がり、赤、緑、オレンジ、黄色、金色、青、水色……
飴玉のようなかわいらしくも、美しく飾られた木々が、誇らしげに輝いていた。
「星が、降ってきたみたいですね」
あちこちに散る光の粒に、お客様も従業員もつかの間見とれた。
「そりゃ、クリスマスだからね」
ふと、ましろの耳に届いていたはずの、ざわめきが届かないことに彼女は気づいた。
お客様も、来未もおらず、その空間は、だれもいない遊園地で。
代わりに、誰かの歌声が聞こえた。
大人のような、子供のような声。
外国語のような、それでいて知っているような言葉の歌が、あちこちから聞こえてくる。
そばにいたはずの来未はおらず、いるのは、子供を抱き上げる、1人の女性。
泣いている子をあやしていた。
その姿がイルミネーションに照らされて、きらきら輝いていた。
あの女性の姿は――――間違いない。いつも自分が見ているものだ。
「メリーゴーランド……?」
イルミネーションの光だけではなく、メリーゴーランドの電飾の、白熱灯の、オレンジ色に
その女性の周りは照らされていた。
「ああ、本当だったんだ。遊園地が歌うのも、この遊園地が人懐こいのも」
その女性は、ましろを見ると、いたずらっ子のような、人懐こい笑みを浮かべて
そっと手を振った。
『きらきら、きれいね。これからもよろしくね』
そんな声が頭に響いてきて、気が作と隣に来未がいた。
「あれ? 港さん?」
「ん? マシュマロちゃん、どうした?」
どこにいたの? とも、どうしたの? ともきかれない。
しかし、さっきのあの遊園地は、夢とは思えなかった。
ああ、と、ましろの顔に、笑みが浮かんだ。
「さっき、遊園地の歌、聴きました」
イルミネーションは、きらきら輝いていた。




