【第23話 淡く彩る未来】
――2021年1月 池袋駅前、午前
――今日は、始めて咲蘭との撮影をする。
自分でも分かってる。
ちょっと強引だったかなって。
でも、私の在りたい私は、
きっと彼女なくしては成し得ない。
この胸の高鳴りがそう告げている。
私の直感は――
これまで、外したことがなかった。
スマホを取り出して、
雑誌に送るスナップ用の自撮りを何枚も撮る。
光源を探して、角度を変えたり。
撮った写真をSNSに上げる。
淡々と作業をしてるつもり。
――だけど、心は大人しくしてくれなかった。
「…いや、意識しすぎっしょ。」
小さく呟き、手が少し震えているのに気づく。
怖いとかじゃない。
でも、誰かを巻き込んだのは初めてで、
なんとなく怖気付いてたりして…。
時間ぴったりに咲蘭が駅に来る。
「……あ、絵梨奈。お待たせっ。」
咲蘭はにこりと笑ってくれる。
私より落ち着いていて、
その冷静さが逆に私の心を踊らせた。
「おはよ!咲蘭っち。んじゃー行こーかっ。」
咲蘭と一緒に歩き出す。
駅前のざわめきや光の反射が、
いつもより鮮やかに見えた。
準備時間の続きとして、
歩きながら軽く動画を撮る。
笑顔を作ってみたり、髪をかき上げてみたり。
ふわりと香るランバン エクラ――。
私を”エマ”にする香り。
今日もエマが主役の一日がきっと始まる。
歩く距離は短いけど、心臓の鼓動は確実に上がっている。
身体の中の熱量が、胸に溢れて止まらない。
やがて自宅の一室に到着する。
「へえ…部屋綺麗なんだ。」
咲蘭がぽつりと呟く。
「あれー?意外って言うかと思った…。」
瞳を縮ませて話す咲蘭に微笑みかける。
「――緊張、するよね。わかるー。」
私は軽く深呼吸をして、カメラをセットする。
ダイヤモンドの原石を――
私が”掬い上げる”瞬間がすぐそこに。
指のかすかな震えが止まらなかった。
私はソファに腰を下ろしたまま、
スマホで最後の自撮りを確認する。
今のメイクはいつも通りで、派手で華やかで、強い。
自己満足の世界だけど、私が私で居るためのメイク。
「じゃー、顔っ、落としてくるわ…。」
絵梨奈は淡々と言った。
「…お願い、頑張るわー。」
といつもの気のない返事をする咲蘭。
ふと、声の方に目線を向ける。
私を見つめるその瞳が、暗闇で光る何かを思わせた。
その瞳は、私を突き刺す様に、鋭くて、眩しい。
閃光のような眼差しだった。
この目だ…待機所で感じた気配。
化粧をする時にふわっと香る。
いつも肌に感じていたこの空気は、
今度は私を”試す”かの様に絡みついていた。
私は立ち上がり、洗面所へ向かう。
クレンジングを手に取り馴染ませる。
エマを彩っていた華を浮かし落としていく。
化粧を剥がす度に触れる指を伝い、
自分の呼吸が少しずつ浅くなるのを感じた。
「……集中っ。」
私はこの静寂の中で、もうひとりの自分を起こす。
クレンジングで全ての色を落とし、部屋に戻る。
素顔になった私を見て、ニコリと笑う咲蘭。
「ね。…座ってよ。」
鼻にかかる声と、椅子を引く仕草に吸い込まれる。
咲蘭の手が私の肩に触れた瞬間、彼女の空気が変わった。
指先から伝わる温度、呼吸のわずかな揺れ。
「……いや、緊張するわ…。」
咲蘭は言い訳のような一言を放つが、
鏡を見る目線はそうは言っていなかった。
スポンジパフを手に取り、頬から順に下地を整えていく。
その動きは緻密で、無駄がない。
筆が肌に触れるたび、私は呼吸を奪われる。
濃淡を調整し、顔の立体感を引き上げていく。
いつもの盛る彩りではなかった。
私の”地”を引き立てるメイク――。
この子は本物だ。
筆の動きが止まることはない。
咲蘭の呼吸が少し浅くなるのがわかる。
彼女は自分の集中と体のリズムを、
完全に筆先に預けていた。
その空気を、私は肌で感じる。
「……やば、すご。」
思わず声に出る。
視線は、鏡から一度も離れない。
ふと、鏡越しに咲蘭が見える。
眉がほんの少し寄っていて、
――完全に”仕事の顔”だった。
彼女が視線だけで、誠実さを感じ取らせる。
仕上がったメイクは、
私が普段やっているギャルの”それ”とは違った。
こなれ感のある、大人可愛い感じ。
コンサバティブと言えばそう。
だけど品があった。
今まで挑戦しようともしなかった。
強いアイラインとつけまつげが無い生活とか…、
考えてもなかった。
「……すげ、私かよこれ…。」
一息つくと、絵梨奈は鏡をずっと見ていた。
「あれ……違った?」
私は絵梨奈の見ている鏡をのぞき込む。
「咲蘭っちさ…すげーよ。」
手に持つ鏡が微かに揺れている気がした。
――部屋の空気はまだひんやりしていた。
絵梨奈はスマホを軽く手に持つ。
小さなディスプレイに映る彼女の顔を確認しながら、
指先で軽く動画を回していた。
唇の角度や目の動き、髪が遅れるだけで表情まで変わる。
顔だけで雰囲気がこんなに出るのか…モデルって凄いな。
その瞬間ごとに、部屋の光と影が絵梨奈を包み込む。
私は、動くことができなかった。
「……うまくいったかな、メイク…。」
私から見ると十分すぎる出来だった。
でもどこか不安が勝っていた。
いつもとは違う雰囲気、
ほんの少し大人っぽい彼女の魅力を引き出したつもり――。
「うわ、やっちゃったかも…」
内心そう思いながらも、
彼女の圧倒的な空気に自然と吸い込まれていった。
撮影が終わると、絵梨奈はふっと一つ息をつく。
軽く微笑みながら振り向くと、
「おつー!メイク、めっっっちゃ、良かったよ!」
その言葉に、私はやっと胸を撫でることができた。
「あれで良かったんだ…」
自分の不安が何も無かったように一瞬で溶けた。
「あ、そうそう、実は…メイク風景も撮ってた。」
にしし、と笑う絵梨奈は悪戯な表情をして私を見ていた。
「えっ…えっ?」
予想外の言葉に、思わずポーチを握りしめる。
「じゃあ私の動画にワンカットだけ、編集で入れとくわー」
彼女は楽しげに続ける。
「あとで、メイクの所だけ編集して送るー。
サラのアカウントでメイク動画あげるよーにっ」
スマホを指指して笑う絵梨奈の周りには、
キラキラとした光の欠片が舞っていた。
――私の知らない世界を教えてくれる人だった。




