【第21話 香る孤高、沈む残響】
――2020年6月
去年までは、合同説明会って、
会場に行ってブースを回ったりしていたらしい。
今年は画面越しの説明会。
参加する学生は、見たことも話したこともない人達で、
この時代の距離感をより遠く感じさせる。
本当に、誰とも会わない日が想像以上に疲れる。
スーツの上半分だけ整えて、椅子に座る。
それだけだと場の空気が分からず、緊張の仕方も分からなくなる。
――企業の説明は、どこも似ていた。
不確実な時代の企業のあり方。
柔軟性と個性がより必要になる事。
そして急激な変化に対応する力。
それでも、私は手は止めずにメモを取る。
これまでの空白を埋めるみたいに、言葉を書き足していく。
止まっているより、ずっといい。
考えすぎる前に、次の予定が入る――。
画面の中の担当者は、笑顔で話している。
でも、こちらはミュート。
話を振られることも少ないし、
質問を無理やり考えなくてもエントリーはできる。
どうせ担当者も一人一人の顔なんて見れないし
こうなると余計に記憶には残らないだろうな…。
無機質だと思う、でもそれが少しだけ楽だった。
この企業も同じ話が始まる。
「――変化に対応する力」
メモを取りながら、ふと咲蘭の顔が浮かんだ。
あの子は変化の象徴で、彼女中心に変わる事が起きている。
私は、変わらない事に慣れすぎているのかもしれない。
でも、今はそれでいい。
オンライン説明会が終わり、一息つく。
カモミールティーだと流せない重い何かがあって、
最近はコーヒーを飲むことにしている。
焙煎された心地よい香りが私の胸を軽くしてくれる気がした。
午後になるとオンライン授業とメールチェック。
もうこの“リモート学生”には慣れてきた。
メールボックスには新着メールが一件。
――父の会社のインターン案内。
オンライン、短期。
「……受けてみようかな。練習みたいなものだし。」
理由は、はっきりしない。
安心なのか、逃げ道なのか、自分でも区別がつかない。
面接対策の動画を流しながら、
エントリーシートの文章を推敲する。
“学生時代に力を入れたこと”
消して、書いて、またすぐに消す。
整っていく文章と反比例するように、実感が遠のく。
力を入れるほど、何かを成し得たかな…。
コーヒーを纏った大きなため息が一つ、部屋の壁紙に染み込んだ。
夕方、スマホに咲蘭からのメッセージ。
「今日は学校のあと仕事にいく。ごめんね遅くなる。」
「わかったあ、お疲れさま!無理しないでね。」
それだけ返して、画面を伏せる。
以前は、もっと返事が欲しかった。
二人でいない時間が少なかった気がするし、
必要な事を言わなくても分かり合えてた。
でも、今はそんな熱量を思い出せないでいる。
いや、正確にはその熱量を持つ余裕がなかった。
部屋は静かだった。
集中するには、ちょうどいい。
手帳を開く。スケジュールを確認する。
説明会、エントリー締切、面談。
隙間なく並ぶ予定に少し安心する。
――私は、前に進んでいる。
その感覚が確かにあって、私は今、充足している。
父との通話を思い出す。
「悔いのないようにな」
――線を引かれたみたいな言葉。
同時に、背中を押されたとも感じる。
咲蘭は、今どこにいて、何をしてるのかな…。
同じ部屋には居ない。同じ時間も過ごしていない。
でも、あの子も前に進んでるから、
今は足並みを揃える理由はなくていい。
「今は二人とも忙しいだけ」
そう思うことで、納得する。
香るコーヒーの湯気に流して前を向く。
――――
クリスマスも、誕生日も、
「おめでとう」と「ありがとう」だけはちゃんとあった。
ご飯も一緒に食べて、変わらないふたりがそこにはいた。
笑っておどけて、写真を撮って。
でも、いつの間にかそれ以上の言葉とか、
咲蘭の細い指を探さなくなっていた。
寂しい夜にあれだけ探した、咲蘭の香りすらも――。
忙しいのは悪いことじゃない。
前に進んでいる証拠。
ただ、一緒に立ち止まる日だけが、少しずつ消えていった。
――互いの生活に互いが「選ばれなかった」のではなく、
二人とも静かに元々の役目を終えていっただけ。
幼さや、重い境遇を受け止めるために必要だった。
お互いがお互いを生きるために必要としていただけ。
逃げ道のような関係だった。
静かに沈んでいくカモミールの香りは
関係性の寿命を終えていく事をほのかに匂わせていた。
未来の輝きは、互いの輝きを増幅させた。
その分だけ影は背を伸ばした。
少しの角度の歪みが、決して交わることのないところまで影を伸ばしてしまったことに気付かないまま――。




