【第15話 星の瞬き、夜の吐息】
――はじめに――
直接的な表現はないですが、一部性的な表現が含まれます。
苦手な方は読み進めずに戻っていただくことを推奨します。
また、逆に性的な表現は最小限かつ具体的な内容は回避しています。
そのため、読者の方によっては、どこがそうなのかと感じる可能性もあります。
物語の構成上の表現にすぎません。
――2019年11月 店の待機室
11月の空気は、どこか鋭く冷たく、でも冬の柔らかさを含んでいた。
私は今日も、薄手のコートを羽織り、
待機室で軽く身支度を整えている。
店は相変わらず忙しい。売上はまだ三番目。二位のエマさん、一位のマリアさんにはまだ並べない。
マリアさんは完全に割り切り系。
絡むことはほとんどない。
淡々と自分のペースで動き、共有部でもほとんど姿を見せない。椅子に座ってスマホをいじっている姿をちらりと見るくらいだ。
対してエマさんは、軽やかで明るくて、でもちゃんと自分を持っている人だ。
共有部に声が響くと、自然と肩の力が抜ける。
「おっつー、今日もよろしくぅー」
その声だけで、少しだけ気持ちがほぐれる。
手待ち時間が被ると、エマさんはすぐに私の部屋に入って軽口で絡んでくる。
「ルナっち、アイブロウ貸してくんね?」
「ねーねー、写真撮ろうよ。てかルナっちマジ可愛くね?普通に嫉妬ー」
そう言えばこの前も、待機室前で座っている私の隣にぴょこんとエマさんが飛んできて。
「ルナっち、リップ貸してくんね?
え、間接キスいや?ギャハハハッ」
大声で笑うエマさんは豪快で大好きだ。
「あははっ、うるさっ…やばぁ…」
私も気付けば釣られて笑ってしまう。
ふんわり軽くて、
でもどこか私の存在をちゃんと見てくれているのが伝わる。
その声や動きに、ルナとしての仕事の時間がちょっと楽しくなる瞬間がある。
金だけじゃない、仕事のモチベがここに生まれる感覚――エマさんのおかげだ。
待機室の空気は、温かい暖房の匂いと、香水や化粧品の混ざった匂いで満ちている。
時折、電話の呼び出し音や店長の声、廊下から聞こえる他の子の声が、日常のざわめきを運んでくる。
「もう、店長っガチー!? マジ今すぐマック行ってこいーって感じ」
エマさんが共有部の隅で店長にツッコミを入れる声が、笑い声と混ざって響く。
「ホント何の話…だよっ」
クスクスと肩を揺らすこの時間は嫌いじゃない。
その向こうに、自分の居場所がここにもあることを、そっと感じる。
ルナとして、ここで働く意味が金だけじゃないこと――
こういう些細な瞬間に支えられているんだと、思ってしまった。
――平日、勤務後の夜に美織と過ごす時間が日々の支えになっている。
夜は、一緒にベッドに入って、
お互いの存在を確かめ合う。
遠く、深くつながるように抱き合いながら眠る。
二人の関係はシーツの皺と枕の匂いが記憶している。
朝は、少しだけ早起きして見送る日々。
起きたての不細工な私を撮る美織。
卵焼きを失敗して変な顔になる美織を撮る私。
ふたりの暖かい時間は一眼レフで切り取られていて。
白いぬいぐるみ達と、ほんのり立つカモミールの優しい香りが見守ってくれている。
紡がれていく日々は、忙しいけど大切な時間。
――2019年12月24日(火) クリスマスイブ アパート~横浜
「今日はデートだねっ…んふふー。」
美織はソファに腰掛ける私の頬に触れると、
にっと笑って見下ろす。
「横浜…っ。楽しみだよね!」
私は頬に添えられた手に重ねるように手を置く。
「海沿いは寒いかもしれないからね、暖かくしていこ?」
美織の満開の笑顔を間近で見られるのは尊い。
一緒に準備して、家を出る。
駅までの桜並木も、イルミネーションが灯っていて、
街はクリスマスムード全開。
電車で向かう間も手をつないだり、
スマホで絶対みたい所を共有する。
胸元の拍動がじんわりと早くなった。
到着すると、赤レンガ倉庫のクリスマスマーケットを堪能する。
二人でお互いに似合うものを手に取っては、可愛いって褒めあったり。
スノードームとか…小物も来年に飾る場所を相談したり、
二人の時間を満喫した。
甘く丸いココアの香りに包まれながら、
煌めくイルミネーションの下を歩くと、
美織の首元にある月と星のネックレスが、その光を反射して存在を主張した。
去年プレゼントしたネックレスは、
ずっと使ってくれていて、見える度に幸せな気持ちになる。
「ねー、寒い?」
美織が私の腕に絡まって肩を寄せる。
「んー…大丈夫っ」
「ホントにぃ?寒がりなお星様なのにねっ」
いたずらにクスクス笑う美織は本当に可愛い。
人混みの中でも、二人の距離だけが暖かい色をしていた。
――クイーンズスクエアの近くのカフェで軽くディナー。
窓際の席に案内される。
外は、港の夜景とイルミネーションの光が混ざる。
窓越しに映る光は輪郭をぼかして幻想的な雰囲気を匂わせた。
「咲蘭っ、今日…ありがとね。」
美織の頰がじんわりと熱を持った色になる。
この日は、一日穏やかな天候で冬らしい寒さだった。
――
夕食を食べて、帰路につく。
帰りの電車で回りきれなかったスポットを訪れる計画を立てたり、二人で撮ったスマホの写真を見せ合った。
自宅にもどると美織がサッと手を洗い、
ケトルに水を入れて湯を沸かす。
カモミールの優しい香りが二人を包む。
クリスマスデートは穏やかに終わる。
――2019年12月25日(水) ルナの待機室
今日はクリスマスイベントだ、
店長が妙に気負っていた理由が分かった。
用意されたサンタコスの生地が無駄に良い生地で、
頑張って用意したっていう言葉の方向性が間違えていて、
生地を触ると余計に笑えてくる。
エマさんが、
「ねー、じゃあお前もこれ着れよガチで。」と店長に、
親指と人差し指で摘んだ丈の短いサンタの服を突きつけていた。
「うはははっ。エマさんマジやばぁ…っ」
「いやいや、ルナっち見てこれ…ガチ短くない?意味ある?」
渡された“エマさん用のサンタの服”は、
私の部屋着のショートパンツよりも短くて、スカートの役割を果たせていなかった。
「うわっ……短っ!」思わず声が出た。
その声を聞くと、いつも通り手を叩きながら
「ねー!マジこいつが着ろよなって思うよねっ」
すると店長が一言。
「違うっす、これちゃんエマに着て欲しかったんすよ!似合うっすマジで!」
「うわキモっ」の一言で終わらせていた。
その様子を見ると本当に面白くて、
なんだかんだ乗り気なエマさんも可愛くて。
今日は頑張ろうかなって、根拠のない労働意欲が湧いた。
エマさんの前では、私は私らしく振る舞える。
――「ルナさん、お時間です。車回してます。」
スタッフから声がかかる。
私用のコスチュームの入ったバッグと仕事用のバッグを手に持って、池袋の街を移動した。
――ドアをノックして声をかける。
「こんにちはー。」
鍵が回る音がして、ドアが開く……。
一拍深呼吸をして、笑顔を作る。
「……初めまして、ルナです。よろしくお願いしますっ」
「やあ…いらっしゃい…。」
ドアの向こうの人は、優しそうな40代くらいの方。
スーツケースが部屋の隅に置いていて、出張かなと一目見て分かる。
「寒かったよな、部屋の温度大丈夫?」
私はニコッと笑って頷く。
「はあー良かった…、今日初めて東京に来たんすよね。
出張の日に合わせて、めっちゃ調べて予約したわ。」
嬉しそうに語ってくれるお客様。
「えー嬉しー!選んでくれてよかったあ…」
私はそう言いながらベッドに腰掛けるお客様の前に立って髪を撫でる。
「いい思い出にしましょ? 東京っ」
お客様の髪を優しく撫でながら、私はゆっくりと膝をついて、彼の目線の高さに合わせた。
柔らかい照明の部屋の中で、スーツの肩が少し疲れたように落ちているのが見える。
「出張、お疲れ様ぁ…。今日はたくさん歩いた?」
彼は小さく頷いて、照れくさそうに笑う。
ニコリと返事するように私も笑顔を作る。
「大阪から新幹線で来て、朝から会議続きでさ。やっと、終わったわ。
でも、ルナさんに会えるって思ったら頑張れたで。
自腹で後泊してもうたよ。はは…」
私は立ち上がって、彼のネクタイに指をかける。
ゆっくりと解きながら、耳元でささやく。
「嬉しい…ねえ、甘えたい派?甘やかしたい派?」
彼の瞳が少し揺れて、頬が赤くなる。
「…どっちも…やね。」
「あはっ…欲張り、なんだね。」
頬に両手を添えて、甘い息を吹きかけるように囁く――。
「ねえ…今日は、私のことだけ考えてよ。
仕事も全部忘れて…さ?」
静かな部屋に、息遣いだけが響く。
「お兄さん…お風呂…いこうよ…」
今日も未来の売上のために全力で挑もう――。




