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【第13話 輝く星、静かな昼】

――2019年 7月 美織のアパート

 

昼の光は、夜よりも残酷だ。


カーテン越しの白い光が、

部屋の輪郭をはっきりさせていく。


昨夜の名残を、遠慮なく照らしてしまう。


美織はキッチンで静かに湯を沸かした。

音を立てないように、慣れた手つきで。

ベッドのほうを見る。

 

私の咲蘭はまだ眠っている。

夜に帰ってきたままの、深い眠り。

乱れた金髪が枕に広がって、

呼吸だけが、ここにいる証みたいに規則正しく続いている。


――起こさない。

それが、いまの正解だと分かっている。

美織はマグカップを一つだけ出した。


テーブルに置いたカップから、湯気が細く立ちのぼる。

香りは、あの夜のものと同じはずなのに、

ひとりで飲むと、少しだけ苦くて。

蜂蜜を増やして飲んでいた。

 

洗濯機は起きてから回そうかな。

テレビは見るものがないし。

スマホはイヤホンをすればいい。

 

静かにしていれば、

この昼は、夜の延長線みたいにやり過ごせる気がした。


咲蘭の一日は、ここで終わっている。

私の一日は、ここから始まる。

そんな交代制みたいな生活が、

いつの間にか、当たり前になりつつあった。

 

昼前になると、咲蘭が寝返りを打つ。

シーツが擦れる音に、美織の心臓が一瞬だけ跳ねる。

でも、目は開かない。

美織はそっとベッドに近づいて、咲蘭にキスをする。

眠り姫は目覚めたりはしなかった。


掛け布団を少しだけ掛け直す。

咲蘭の頬に手を添えて一言だけ。

「…学校、行ってくるねっ…」


胸の奥が、少しだけ落ち着く。

(……大丈夫)

誰に向けた言葉か、自分でも分からないまま、

そう言い聞かせた。


午後になると、大学の講義。

来週の予定を組み立てる。

私はいつも通りの、平坦な日常。


頑張っているのは、分かっている。

目的があるのも、知っている。


だから、何も言わない。

言わないことが、

いちばん優しい選択だと信じている。


夕方近く、ようやく咲蘭が目を覚ます。

「……おはよ」

掠れた声。

まだ夜の続きにいるみたいな声だった。


部屋は静かでエアコンの音だけが鳴っていた。

 

美織はまだ帰ってない。

…寂しいな、美織の暖かい肌に触れたい。


今日は平日だからちょっとサボりたくなる。

店長へ連絡をしようとスマホで途中まで打ち込むけど、

1日でも早くこの仕事を終えれば。

また前みたくずっと一緒にいられるはず。


そう思ってスマホの文字を消す。

仕事用のバッグを取り出して、少し髪をとかしたら

送迎の連絡をして、駅のロータリーまで歩き出す。


美織が帰宅すると、薄暗い白い部屋。

畳まれた咲蘭のくすみピンクの寝間着だけがそこに居た。


――仕事だから、仕方ない。

私は咲蘭の寝間着を、抱きしめる。


寂しいよ…咲蘭ぁ…。


――その日の夜は、スマホの時計ばかりが目に入った。


咲蘭の居ない夜がずっと続く。

覚悟を決めて、背中を押した。

後悔とか、腕を引っ張るとか…。

 

そういうのではなくて、

私の知らないあの子が生まれていくような、

私だけの咲蘭だったのに…。


今もルナとして仕事をしてる。

その現実が冷たく刺さる。


ルナのアカウントには、

出勤しましたっ。

今日もよろしくお願いしますっ。

 

という一言と見覚えのない姿の写真。

家に持ち帰ってない派手な下着。

着崩した服から覗く肌は、私の知らない蜜の匂いがした。


コメントは数件付いていて、

早く予約の日が来ないか待ちわびる人や、

今日はありがとうございましたと礼を言う人。


そっとスマホを伏せ、咲蘭の帰りを待つ。

静寂の中、私の知らない湿気が満ちる音がした。


今日は帰りが早い日だから…

そろそろかな…夜食とお茶の準備してあげよう。

 

――ただ、こうして待っていてあげるのが…。

 

この場所をあの子の安らぐ場所にしてあげるのが、

今の私のできることだ…。


しばらくして、鍵が回る音がした。


――ただいま…。

きっと美織は眠っている、そう思ってた。


部屋の奥から、パタパタと走る音が聞こえると。

「……おかえりっ、咲蘭ぁ。」

どこか、引きつったような…

そんな笑顔だけど、優しい声はそのまま。

……私は、この声が好きだ。


「たっ…ただいまっ!美織っ!!」

自分の思う以上の声が出た。

嬉しかった。


美織は私を責めたりしなかった。

美味しいご飯も作ってくれてるし、

今日なんて待ってくれてた。

 

テーブルの向こうで、

頬杖をついて私を見ている表情からは愛を感じた。


今までみたいに、一緒にまたお風呂に入って。

私がカモミールのハーブティーを淹れて…。

一緒にベッドに入る。


積もった寂しさを溶かし合いながら、

この日は夜を明かした。


――同時に、朝の光が差し込む頃、

また同じ昼が始まることを、二人とも知っていた。


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