【第1話 星が落ちた夜に…】
初めまして( ᐢ. ̫ .ᐢ )
ねこのおさら 黒柑橘柚子です。
初めての作品で、初めての物書きなので
お見苦しいかと思いますがお手柔らかに……
リアリティ、解像度をあげたくてR15にしてます。
お気をつけてご覧くださいまし……
↓↓↓↓
――2018年11月16日 23:07 西武新宿駅前
東京の夜は残酷だ。
11月の夜風が、骨を芯まで凍らせる。
星崎咲羅(17歳9ヶ月)は、西武新宿駅前で膝を抱えて震えていた。
財布の中身 1,180円
スマホ残量 6%
心の中身はとっくの昔にゼロ……
さっきまでいたラブホテルの照明が、まだ瞼の裏に焼き付いている。
私の5万円は、男がタバコを買いに行ったまま消えた。「可愛いから5万出すよ」の甘い声だけを残して。
咲羅は唇を噛んだ。
ほんのり血の味がした。
(もう……どこにも帰るところがない…)
涙が頬を伝って、地面に落ちる。
星みたいに、小さく、儚く…
そのとき――
誰かの肩がぶつかってきて、体が横に跳ねた。
反射的に顔を上げて、
「ってーなっ……お前どこ見て歩いてんだよっ!」
黒いパーカーのフードの奥から、切れ長の目がぼんやり光る。
私より少し背の高い女の子が覗いていた。
白川美織(18歳3ヶ月)
「あっ、ごめんなさ…って、ちょっと、キミ大丈夫?って制服…!? まさか高校生!?」
虚勢で胸を張るけど声が震える。
「は? うっせーよ…カンケーねぇっしょ…」
一歩踏み出そうとして視線が落ちる。
前のめりに崩れ落ちる寸前。
女が私の腕を掴んだ。
「危ない!」
「触んな……離せって…」
無理に飲まされたアルコールが身体の自由を奪う…
視界がぐるぐる回って、意識が遠のいていく…
女はため息を一つ。
自分のパーカーのジップを下ろし、私の肩にそっとかけた。
「ほんとに大丈夫なの?……あーもうっ、こういうのほっとけないって…
うーん…こういう時どうしたら…そだ!とりあえず交番いこ?ね?」
交番と聞こえた時にふと我に返る。
「……嫌だ…交番だけは…マジ無理…」
(あの母を呼ばれたくはない…)
女は静かに腕を回し、半ば抱きかかえるように歩き出す。
咲羅の細い腕が女の善意を払いのける。
「交番は…無理…ダメだっ…て…」
女は戸惑った表情で、
「えっ……じゃあどうしたら…」
一瞬固まったと思えば覚悟を決めたように、
「う…ウチに来なさいっ…!」
そう言って女は咲羅に肩を貸し駅に向かう。
新宿の冷たい風が二人を飲み込んでいく。
咲羅は、久々に誰かの温かさに触れた気がした…
(あったかい気がする…かも…)
星が落ちた夜。
月は静かに、ひとつの命をすくい上げた。
――同日 23:42 電車の車内
揺れた瞬間、頭の奥に鈍い衝撃が響いた。
「……うっ…」
「ねえちょっと、大丈夫…?」
耳元で震える声。
ぼんやり顔を上げると、さっき助けてくれた女の顔が近くにあった。
近ぁッ…
ていうか、何、今ぶつかったのこの人の肩ぁ…?
黒いパーカーのフードの影に隠れた横顔だけど、街灯に照らされて妙に綺麗に見えた。
(まつげ長ッ…鼻筋も綺麗で整ってる…まあ私の方がまだ可愛いけど…)
いや、こんな時になに観察してんの…
「ねえ、本当に…私の家でいいの…?」
小声でそう聞かれて、一瞬うつむく。
そうか…迷惑だよな…
「……親とか、怒らない…?」
「いないよ。一人暮らし…」
ためらいゼロの即答。
その言い方に、なんとなく嘘じゃないんだろうって思えた。
――同日 24:15 都内某所
新宿から数駅。
冷たい夜道を二人で歩く。
ふらつく私に、彼女は黙って肩を貸してくれた。
(悪いな…ほんと迷惑かけてる…)
たどり着いたのは、小綺麗なアパートの二階。
無地のプレートに小さなキャラシール…
……シナモロール?なんで…
「さ、上がって…」
鍵が回る音が響く……
私にとってはやけに優しく聞こえた。
部屋に入った瞬間、思わず目を丸くする。
(…やば…めちゃくちゃ綺麗じゃん…)
本棚は整列、床はピカピカ。
壁の写真には、同じ女の子が笑っていたり、変な顔をしていたり。
どれも“誰かの大事”として丁寧に並んでいる。
机の上には一眼レフカメラがぽつんと置いてあった。
黒いレンズがこちらを覗いている…いや、覗かれている“気がした”。
胸の奥が、ズキッと痛む。
(…父さん…)
3年前まで、休日になるといつも向けられていた“あの丸い目玉”。
ピントを合わせる音と、父さんの「はい笑って!」の声。
シャッターの音が、愛情を確かめるみたいに優しかった。
両親が離婚してから、その世界はまるごと消えた。
誰も私にレンズを向けないし、私ももう、向けられたくない。
(…いいよな…レンズの向こう側に居場所がある人は…)
思わず視線をそらす。
羨ましい気持ちと、怖い気持ちが胸の奥で混ざった…
「ねえー? そっか、キミ……名前聞いてなかったね。私は美織だよ…」
「……咲蘭…」
「さら…可愛い名前っ。海外の子みたい…」
フードから顔を出してクスクス笑う美織。
その自然な笑顔が暖かく眩しすぎて、直視できなかった。
(愛されて育った人だ…)
衣装ケースを開けながら、美織が言う。
「先にお風呂入って? お茶用意しとくよ。あ、お水のほうがいい…?」
「いや…いいよ…悪いし…」
「はいはい。遠慮しないのっ…」
ふかふかのバスタオルを渡され、汚れた猫みたいに脱衣場へ押し込まれる。
服を脱ぎながら、鏡は見ないようにした。
惨めな思いをするから…
浴室の蛇口をひねる。
乾いたシャワーヘッドから、水が勢いよく流れる音…
(私なんで助けられてんだろ…わかんない…)
湯気が立ち始めたとき、曇りゆく鏡に“醜い今の自分”が映った。
あの男がつけた赤い痣が、点々と、胸元に残っている。
「──っ…」
しゃがみ込み、両肩を抱きしめる。
息が詰まって声も出ない。
「大丈夫ー?」
扉の奥から、美織の声。
頭が霞がかって、何も届かない。
「……あっ…ああ…っ」
涙が落ちた瞬間、脱衣所の扉が開いた。
「ねえ…ちょっと…大丈夫…?」
返事できない。
「ねえ!入るよ!」
浴室の薄い扉が滑って開き、あったかい手が私の背中に触れた。
「大丈夫だよ。もう大丈夫だからね…」
もしこれが“ドラマの優しい拾われ方”なら、どれほど楽だっただろう。
すすり泣きと、水音。
その中で、美織はただ黙って抱きしめてくれた…
(最悪…こんなの、見られたくなかった…)
彼女の服が、水分と私の不安を吸い取っていく。
「美織…もう…平気、だから…その…」
「わっ…ご、ごめん…」
慌てる気配。
謝る声。
そして離れていく腕。
「あの…見ないで…」
それだけはどうしても口に出てしまった。
「綺麗…」
思わず振り返る。
「な、なんで…こんなに事になってんだよ…」
赤い花弁のような痣が胸元に広がる肌を見せると、美織は首を傾げた。
「陶器みたいだよ。白くて…」
(いや、この人ほんと危機感ないの…?)
「部屋あったかくして、お茶も入れとくからねっ…」
そう言って浴室を出ていく美織。
私はしばらく動けず、シャワーヘッドが床に落ちたまま響かせる水音を、ただ聞いていた。
割れた陶器の私には十分すぎる優しさだった…
――同日 24:27 アパートのリビング
部屋の明かりは赤みがかったオレンジの間接照明。
暖色の光に、壁の写真がほんのり浮かび上がる…
(お洒落…すごいな…)
白い二人掛けソファとローテーブル。
テレビ台には大型テレビと、シナモロールのぬいぐるみが並んでいる。
「私さ、ハーブティー好きなんだ…寝る前に飲むと落ち着くんだよ…」
美織は嬉しそうに、シナモロールのマグカップを差し出した。
立ち上る湯気に、カモミールとラベンダーの香りがふわりと漂う。
咲蘭は両手でマグを受け取り、香りを吸い込む…
肩の力が少しずつ抜けていくのを感じた。
「シナモン、可愛いでしょ…見るだけで元気になるんだよねぇ…」
目を輝かせて語る美織に、咲蘭は無意識に視線をそらす。
(…こんな風に、何かに夢中になれる人って…)
羨ましい気持ちが、胸の奥でくすぶる…
「お気に入りだから、咲蘭にも飲んでほしいな…」
差し出される手の震えが、少しだけ不器用で――
その優しさに、咲蘭の心がわずかに揺れる…
小さく口をつける。
甘い香りと温かさが胸の奥まで落ちてくる。
美織は自分のマグを持ち、ローテーブルの向かいに座った。
湯気が二人の間でふわふわと絡まる…
「……落ち着いた…?」
「……うん…」
返事は小さくても、ほんとうだった。
美織は微笑み、
「ん。私もシャワー浴びてくるね…すぐ終わるから、くつろいでて…?」
「…(こくんと頷く…)」
美織が消えた後、部屋にぽつんと残された咲蘭…
香りだけが残り、孤独が胸を押し潰すようにのしかかる…
それでも、心のどこかで、ふっと暖かさが残るのを感じた…
咲蘭はぼんやりと壁の写真に目をやる。
すべて美織の姿だった。
制服姿の美織。
浴衣姿の美織。
雪の中で笑う美織。
誰かと肩を組む美織。
どれも嬉しそうで、自然で、愛されて育った子の顔をしていた…
その中に、少し色褪せた一枚の写真があった。
小学生くらいの美織が、三十代くらいの男性の首にぎゅっとしがみついている。
男は一眼レフを首から下げ、笑顔でカメラを向ける…
胸がめりめりと音を立てる…
――「さあ、咲蘭っ!笑って! はい!」
――ピント合わせるたびにシャッターが降りる…
――父さんの大きな手が、ファインダー越しにこっちを見て
「今日の咲蘭は、世界一可愛いな!」って…
あの頃は、シャッター音が愛されている証だった…
でも、今は私の中に誰もいない…
誰も、レンズを向けてくれない…
咲蘭は立ち上がると、写真に近づいていく…
写真には小さな美織が父に抱きつく様があり…
父の笑顔が、私の心の奥にぐっと刺さる…
(……羨ましい…私も、こんな風に撮ってもらいたかった…)
目頭が熱くなる…
視界の輪郭が歪む…
ぽろり、ぽろりと、涙の星が写真の上に落ちては弾ける…
「……パパぁあ…」
掠れた声で、誰にも届かない名前を呼ぶ…
甘いカモミールの香りだけが、静かに漂っていた…
孤独と羨望が交差して、咲蘭の胸の中で感情が昂っていく…
その夜、星のように散った涙のひとつひとつが、彼女の心を揺さぶっていた…
――程なくして…
バスルームのドアが開く音…
美織が鼻歌混じりのままタオルで髪を拭きながら出てきて、
泣いてる咲蘭を見て、ぴたりと足を止めた…
「……さら…?」
咲蘭は慌てて顔を上げて、涙を拭う。
「……なんでも…ないからっ…」
美織は何も言わず、ただ咲蘭の隣に腰を下ろした…
そして、そっと肩を抱いた。
咲蘭は抵抗できなかった…
「――だいじょーぶっ…」
暖かい言葉が私の耳元を震わせる…
東京の夜の静寂と甘い香り…
誰かの体温だけが、そこにあった…




