普通こうなるよね
初恋の女性に成り代わるパターンの常識的な対応
王太子殿下はずっと初恋の女性を探していて、その方以外とは結婚したくないと婚約者をまだ見つけていなかった。
わたくしはそんな王太子殿下が初恋だったから複雑な気持ちを抱きつつも初恋を諦められないのは同じだから失望もせずに、ただ粛々と婚約者候補としていつか見てもらえるといいと大勢いる婚約者候補たちに負けないように勉強を続けてきた。
「リリエンターラ!! 良い情報を手に入れたよっ!!」
そんな勉強漬けの日々だったある日。次兄が家庭教師が来ているのもお構いなしに、部屋に突撃してきて、
「王太子殿下の初恋の人の情報を調べていたらさ。当時護衛だった者からやっと聞けたんだ!! そのご令嬢はストロベリーブロンドで青い目の少女だったとか!! ある日お城から脱出できそうな穴を見付けて王太子殿下が側近の少年と共に脱走して、迷子になってお腹を空かせていた時に助けてくれたとかっ!! お前の髪の色はストロベリーブロンドほどではないが、少し赤みかかった金色だろう。それに青い目。きっと向こうにその話をしたら信じてもらえるはずだ!!」
家庭教師がまだいる状態で興奮したように話す次兄に呆れるしかありません。
「グランディオ兄さま。わたくしは公爵家令嬢ですよ。そんなわたくしが護衛もなく、街をうろうろしていると思いますか? 第一、いくら身なりが良くてもそんな子供をわたくしの護衛と侍女が近付けるとでも。そんなことをしたら職務怠慢と言うことになりますわ」
次兄はその情報を元に偽ればいいと軽く考えているようだが、そんなこと出来るわけない。常識的に気づいてほしい。
「だが、この情報を利用すれば、お前の初恋も」
「そんな偽りだらけでわたくしを素通りして見てもらうことにどんな意味があるのですか。わたくしは嘘偽りない今のわたくしを見て婚約者として選んでほしいのですよっ!!」
そんな浅はかな考えで動くと思われるのなら心外ですと告げて、さっさと次兄を追い出す。
「そんなリリエンターラを思って……」
「公爵家に仕える者達の誇りを汚す行為をしてまで手に入れたいと思いません」
常に忠実にわたくしと公爵家を支えてくれる者達が職務怠慢をしてそんな不審者のような王太子たちを近付けさせるなどと偽りなど絶対に許せません。
話はそれきりだと終わったのだが、まさか後日談があった。
「リリエンターラ……。殿下が初恋の女性と再会してその女性と婚約が決まった」
長兄が静かにわたくしを慰めるように伝えてくれた。どうやら、わたくしがショックを受けるのは見ていられないからと父と次兄に押し付けられて伝える役になったようだ。
「そうですか……」
切なかったが、仕方ない。
その噂のご令嬢はずっと田舎で療養していた侯爵家の令嬢のようで、再会して一目で分かったとか。
王太子殿下の初恋が実り、婚約者も決まったと言うことはわたくしの初恋が破れて、婚約者候補として努力していたことも終わったのだ。
切ない想いを抱いて、表面上は気にしていない風を装っていたが、心の中は空っぽで、何をしたらいいのか分からなくて無気力になっていた。
「まさか、本当に初恋の方が見つかるなど思っていませんでした」
王太子の婚約者候補としてともに王城で勉学に励んでいたフリージア・ユルタリカ公爵令嬢に招待されて二人きりでお茶会を楽しんでいたらフリージアが思い出したように話し出す。
「たくさんの令嬢が候補に挙がっていたのにまさかその候補に挙がっていない場所から見つかるなんて……」
驚きましたと言われて確かにと頷く。
殿下の想い人の候補などたくさん探していただろうし、貴族令嬢も会う機会が多かったのにいきなり見つかるなんて……。
「――ですが、正直に言うとリリエンターラさまが選ばれなくてよかったと思っていたのです。実際には一番選ばれる確率は高いと思っていたのですが……」
意味深なことを言われて、ライバル関係だったからよく思われていないわけではなさそうだから理解できずに首を傾げているとフリージアは侍女に何かを伝えている。
しばらくすると。
「姉上。用事と聞きまし……」
フリージアによく似た少年が現れたと思ったら声がどんどん弱くなっていき、こちらを大きく目を見開いてみたと思ったら。
「はっ、初めまして、リリエンターラ・シャンディ公爵令嬢!!」
慌てたように挨拶をする。
「フリージアさま? この方は……?」
「わたくしの弟のクロックアース。リリエンターラさまに……」
「姉上っ⁉」
言いかけた言葉を遮って、顔を赤らめて、
「リリエンターラ嬢の努力を無駄と思っているわけではないのですが……王太子妃候補から外れたら……その……婚約を申し込もうと……」
焦ったように告げて、そっと膝をつく。
「正式な書面はすぐに出します。婚約者候補に名乗り出たいのですが……」
信じられない想いでついフリージアを見るとフリージアは少し楽しげに、
「中立派筆頭のユルタリカ。王権派筆頭のシャンディ家。そろそろ組んだ方がいいと思われるし、互いに利益がある。それに何より……クロックの初恋の人らしいのよね。リリエンターラさまと家族になれる機会があるのなら話を進めたいと思ったの」
そんなことを告げる。その傍には緊張した面持ちのクロックアース。
「ずっと、王太子の婚約者候補として努力して……その努力を無駄にしないで身に付けている所作が綺麗だと思って……その……ずっと憧れていまして……」
「………………」
正直、初恋が終わって、自分が何をしたいのか分からない状態だ。だけど、今までの努力を見てその努力を凄いと感じてくれた彼のことを好ましいと思える気持ちもある。
「父に話してからになりますが……」
前向きに考えてみよう。悪い印象がないのならうまくいくかもしれないし。互いに知っていくのはこれからでもいいだろう。
「本当ですかっ!! ありがとうございます!!」
嬉しそうに笑うクロックアース。その顔を見ているとずっと抱いていた初恋が終わったのを感じた。
「それにしても、まさかユルタリカ公爵家に嫁ぐなんて……」
次兄が不満そうにぼやく。
「王太子妃になれるかと思ったのに……」
「グランディオ」
ぼやく次兄を窘める長兄。
「だってさ~。うちの可愛い妹以上に王子妃に相応しい令嬢なんていなかったし~」
「だが、初恋の女性がいいと言ったのは殿下だろう。見つかってよかったではないか」
「ああ。それなんだけど。偽者だったよ」
長兄がおめでたいことだろうで話を終えるつもりだったのに次兄がいきなりとんでもない発言をする。
「「えっ?」」
「初恋の女性を探っていたのは俺以外にもいたようでね。その情報を仕入れた件の侯爵家が娘の一人の髪を染めさせて初恋の女性に成りすまさせたんだって。王族を騙すことで罪を問われるけど、初恋を追い求めているのなら偽者ぐらい見抜けとさすがの陛下もお怒りだったんだって。その時一緒に抜け出していた側近が彼女じゃないと再三忠告していたのに」
それなら、リリエンターラの方がまだ近かったよとなりすましを考えていた次兄に呆れつつも。
「新たに婚約者を見付けたくても初恋の女性が見つかったと同時に候補の方々は次々に婚約者を見付けてしまったので見つけられないでしょうね」
くすくすと笑ってしまう。
「じゃあさ。もし今から婚約の話があったらリリエンターラはどうする?」
珍しく確かめるような長兄の言葉に考えるまでもない。
「もし、今から婚約者の打診があっても断るでしょうね」
もう終わった恋だ。貴族の婚約は一種の契約でそれを破るつもりはない。
「特徴が似ているからというだけで、その想い人のふりをして自分を偽った姿を好きになってもらいたくありませんし、それはわたくしの今までの努力を認めてくれているわけではありませんから」
偽りの姿は所詮演技だ。
それに、
「わたくし。今新しい恋に夢中なので」
微笑んで告げると同時に侍女がノックをして中に入ってくる。
わたくしの婚約者からの丁寧な手紙とプレゼントを携えて――。