古傷
登場人物
長良華雅
本作の主人公。発達障害を理由に自衛隊を退職した過去を持つ25歳の青年。
現在は障害者雇用で勤務している。
基本的に仕事ができない為、職場では空気のように扱われる。
好きなものは若くてカワイイ女の子。
発達障害というコンプレックスに苛まれながら生きている。
ステンドグラスを透過した朝日は暖かくチャペルを包み込んでいた。講壇の前には緊張した面持ちの新郎が立っている。オルガンが演奏されると同時に扉が開き、新婦と新婦の父親がゆっくりと入場してきた。新婦が父親のもとを離れ新郎と手を繋ぎ司式者の前に立つ。二人は誓約し、誓約書に署名し、指輪を交換し遂に、誓いのキスになった。温かく大きな拍手に包まれながら熱くそれでも華やかにキスを交わす新郎新婦。
その様子を新郎新婦とは最も離れた席で見ていた男がいた。
「俺にはありえねぇ状況だなぁ…」
眼の下にはクマをつくり、閉じそうな瞼をやっとのことで開き、ふらつきながらも立って拍手を送っている。
この日、長良華雅は新郎である旧友の結婚式に参列していた。普段連絡を取り合うような仲ではなかったが、結婚式は華やかに催したかったらしく、とにかく人数が欲しかったそうだ。
「やべぇ、ねみぃ…とてもじゃねぇが人の幸せを祝ってる余裕じゃ無ェ。」
連日の激務、睡眠不足、慣れない環境が災いし、華雅は強烈な睡魔に襲われていた。
「とりあえず、目だけ閉じよう…」
究極の技。自衛隊で身につけた寝ながらもその状況をやり過ごすという行動に出た。
その後は、どうやって乗り切ったのかよく覚えていない…
「「「「「かんぱ~い」」」」」
式の後、居酒屋にて参列した旧友同士での打ち上げが始まった。
「いやぁ〜あいつも遂に結婚したのかぁ…先越されたな」
「まさかアイツがあんなに美人な人と結婚するなんて思わなかったよな!」
「あー俺も早くカワイイ彼女作りてー」
「お前はまず俺に金返せw」
結婚式後のトークだけあって結婚、恋愛、彼女といった話題が中心となったが、華雅には遠い話だった。
「てかさ、華雅すげぇ久しぶりじゃん!何年ぶり?」
「そっか、お前成人式いなかったもんね」
「でもなんか、あんま雰囲気変わってないよねw」
高校はそれぞれ別々、華雅は自衛隊入隊と同時に地元を離れたため、地元の友達に会うのは久しぶりだった。
「今何してんの?」
「適当にやってるよ。ま、少なくとも生きてはいるって感じ?」
「あれ?自衛隊じゃなかったっけ?母さんがそんな話してたけど」
「もうとっくに辞めてるよ…」
「えぇー、そうだったんだ。なんで辞めちゃったの?」
「…」
華雅が一番聞かれたくない質問だった。
「いろいろあったんだよ。色々…」
「そっかぁ…まあキツイとこだもんね!」
「でもさ、自衛隊って資格いっぱい取れるしモテるっしょ!俺の兄さんの友達も自衛隊だし!」
「自衛隊で取れる資格は自分の仕事に関係のあるヤツだけな。あと出会いが全く無いからモテるかどうかは分からん」
華雅はそう語ると手元にあった酒を呑んだ。
「厳しいな〜」
「やっぱ自衛隊も配属ガチャとか上司ガチャとかもある感じなのかなー?」
「結局どの世界も運が全てだなw」
「「「「ハッハッハッハッ」」」」
友達同士の楽しい飲み会のようになっていたと思われたが、感覚の違う人物が一人いた。
「運か…」
華雅は過去最悪級の気分になった。結婚式というイベント、自衛隊を退職した理由。そして己を最も苦しめてきた存在である運…普段自分が苛まれている全てに襲われ完全に気分は落ち込んだ。
「二次会、華雅も行く?」
「俺はいいや、明日仕事だし。」
「そっか、じゃあまた元気で」
「お疲れ〜」
そう言って旧友とは解散し華雅は一人帰路に着いた。
今回の主人公以外のキャラは全てモブキャラになります。