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第九話

 師匠(せんせい)の言う通り、ローブの効果は覿面だった。すれ違う人間誰しもが、俺と師匠(せんせい)の間にいる女の子を姫様だなんて認識しない。


 しかし、姫様だと認識できないということは……。


「こんな夜更けにどこへ行かれる?」


 見回りの兵士が普通に話しかけてくるということで……。


「国家魔道士のアークマギカだ。研究の一環だ。フィールドワークのため外出する」

「フィールドワークってのはこんなに早くから始めないといけないんですかね。それに、そっちの……」

「彼らは私の弟子だ。何か問題が?」

「いや、そっちのちっこいのはいいんですがね。こっちの坊主は……」

「ディーフェクト君もリズ殿下のお付きであると同時に私の弟子だよ」

「しかし……」

「君に私を止められる権限は無い、と思っているがね? 違うか?」

「……仰るとおりですが……」


 警戒心全開の視線に、しれっと師匠(せんせい)が答える。僅かに逡巡を見せた若い兵士は、納得のいってなさそうな顔をしつつも、ややあって「お気をつけて」と言った。


「これ、俺達もあのローブ着たほうが良かったんじゃないですか?」

「『誰なのか認識できない』人間が三人いれば、馬鹿でも違和感を抱く」

「せめて、俺だけでも……とか」

「国家魔道士である私が、見も知らない人間を二人も連れて外出するなんて、傍から見て気になりすぎるだろ?」


 ひそひそと質疑応答を交わして納得。ごもっともです。


 しかしながら、運良く……なのか見回りに声をかけられたのはその一度だけで、後はすれ違いざまに「お気をつけて」と言われるくらいだった。そういや、師匠(せんせい)はよくフィールドワークに行ってたっけか。って考えると、ヒルマ=アークマギカがこんな夜更けにどこかへ出かけるのは珍しくもない風景なのだろう。


 さっき声をかけられたのは……。


(さっきのは新人だ。帝国も人材確保に励んでいるらしい)


 耳打ちして俺にウインクする師匠(せんせい)は茶目っ気たっぷりだ。余裕すら感じさせるその仕草がなんとも心強い。


 そんでもって、帝城勤務は本来エリートコースであって。新人兵士がいるってことは……。


「アークマギカ殿じゃない。一体全体どこへ行くんだっけ?」


 と、帝国の戦況に思いを馳せようとした俺の鼓膜を聞き覚えのある声が叩いた。


 また見回りか? いや、でも見回り兵の声なんて聞き覚えがあるはずが……。


 振り返る。


 真っ赤な短髪がまず目に焼き付いた。細身の身体に帝国軍の将校制服をまとった堂々たる美丈夫に、思わず瞠目する。せざるを得ない。後ろの姫様の息を呑む気配を感じる。


「……誰かと思えば、リアス将軍ではありませんか」


 師匠(せんせい)がいつもよりも少し小さな声で返答した。


 アクセル=リアス。帝国第一軍のトップ。史上最年少で一軍を率いる地位に上り詰めた、才能の塊。声に聞き覚えがあって当然だ。一介の小姓(ペイジ)である俺すら、こいつの演説は何度も聞いた。


 勿論原作にも登場する。主人公たちの倒すべき好敵手として。


 知略に優れ、義理堅く、帝国に忠誠を誓い、公明正大。そんな人格に、多くのプレイヤーが惹かれた。


 そして、なによりも、


(まずい――!)


 異様に勘が鋭い。神に愛されたと言わんばかりの洞察力には、主人公らも幾度も苦しめられた。


「リアス将軍こそ、どうしてこんな夜更けに?」


 きっと師匠(せんせい)は、こいつの勘の良さを知らない。「勘が鋭い」なんて、普通に接していただけではわからない。相当密にかかわらないとわからないことだ。


 一介の国家魔道士と将軍。接点などあろうはずもない。だから……。


「何か胸騒ぎがしてね。そう――」


 アクセルの視線が姫様を捉える。すぐにでも腰にさした剣に手をかけられる、そんなポーズで。


「何か、重要なものが遠くへ行ってしまいそうな、ね」


 感づかれた? いや、ローブに込められた魔法は確かだ。いくら目の前の男でも、俺の後ろで縮こまっている少女が、リズ・クラドクラド=ラウエルだなんて思いもしないはずだ。


 呼吸も忘れて、俺はじっとアクセルを見据える。下手に動けば、こちらにやましいことがあると声高に叫ぶようなものだ。動くな。何も無い風を装え。


「そっちは……リズ殿下の……」


 アクセルの視線が今度は俺を捉えた。


 普段通りを装え。


 いつもなら、こいつに会ったとき俺はどうする? 思い出せ。一介の小姓(ペイジ)が将軍に相まみえたら。


 跪く。


「――――」

「ああ、思い出した。ディーフェクト、とかいったっけ?」


 膝をつき、跪いた俺の上から、アクセルの声が降る。俺はそのまま動かない。動けない。


「顔を上げてくれ」


 アクセルが酷く優しげな声で言う。しかし、ここで顔を上げるわけにはいかない。本能的にそう思った。


「……顔を上げてくれないか? 訊きたいことがある」


 駄目だ。このままやり過ごそうかと思ったけど、無理そうだ。

 不承不承、俺は顔を上げる。


「リアス将軍。余り教え子をいじめないでもらえませんか?」

「いや、すまない。アークマギカ殿。いじめているつもりはないんだ。ただ、彼の後ろの少女が気になってね。僕を前にして、跪きも敬礼もしない……。いや、自分がそんな偉い人間になったつもりはないけど、帝城にいる人間とは思えなくてね。なんでなんだっけ、ってね」


 はっ、とする。そうか、姫様は……。


 姫様はアクセルよりも身分が上だ。であれば、すぐに跪き、礼を尽くす習慣なんてない。


「アークマギカ殿を疑うわけじゃあない。けどさ、顔を検めさせてもらっても?」


 それは、困る。心臓がバクバクとうるさい。冷や汗が背中を伝って気持ちが悪い。


「それはできない相談です」


 しかし、師匠(せんせい)は、すっとぼけたようにしか思えない返事をした。


「それはなんで?」

「彼女の顔は見せられないのです」

「なんでなんだっけ?」

「殿方ならば、もう少し察しを良くしたほうがよろしいでしょう。女性が顔を見せられない理由など一つしかありますまい」


 せ……師匠(せんせい)!? それは余りにも暴論では? 彼女は一軍を率いる将軍に向かって、「察しろ、何も言わずに去れ」と言っているのだ。


「……ごめんごめん、僕はそういう機微に疎くてね。具体的に言ってもらえない?」


 そりゃそうだよな。俺だってそう言う。

 なおも引き下がるアクセルに、師匠(せんせい)がため息を吐く。


「――この通り」


 師匠(せんせい)が姫様の被っているフードを引っ剥がした。


 おっ、おいおいおいおい! なにやって――――


 焦った俺をよそに、アクセルが何やら納得した顔をした。


「――ごめんね。女性を辱める意図はなかったんだ」


 は? 今何が起こっている?

 思わず振り返りたくなる衝動を堪える。


「少し前に裏市の奴隷商から買いましてね。余りにも不憫で」

「確かにね」

「先の小競り合いで、顔を焼かれたのです。買い手がつかず……」

「いや、皆まで言う必要はないよ。悪いことをしたね」


 アクセルが申し訳無さそうに目礼する。


「いえ。怪しまれるのもわかります。最近は……」

「うん。帝城内もピリピリしているからね。僕がこんな夜中にうろついているのもそういう理由さ」


 小さくため息を吐いたアクセルが、踵を返す。


「アークマギカ殿も、少年も。早いところ帰ったほうが良い」


 そう言ってアクセルが去っていく。助かった……のか?


「ああ、そう」


 去り際にアクセルが首だけで俺達をちらりと見た。


「十二分に気をつけることだ。道中、何があるかわからないし」

「――――」

「時間は有限だ。急ぐことを勧めるよ」


 気になる言葉に振り返る。しかし、彼はこちらを見ることはせず帝城の暗闇に溶けていった。






「肝を冷やしましたよ……」


 じとりと睨む俺に、どこ吹く風で「悪いね」と師匠(せんせい)が笑う。


 アクセルと別れてからはすっかりイージーモードだった。あの衝撃を経験すると、ちょっとやそっとじゃ動じなくなる。


 あれからややあって俺達は帝城のエントランスから外に出ることに成功していた。あとは、城門をくぐり抜けるだけだ。


 しかしながら、今でも背中は汗でびっしょりだ。


「怪しまれる可能性は承知していたからね」


 姫様の顔は今じゃすっかりもとに戻っている。焼けただれたケロイドまみれのものから。


「ディーフェクト君がリアス将軍の気を引いてくれたからね。こっそりと魔法を使うことができた」

「え? 俺何かしましたっけ……」


 身に覚えがないことで褒められ、俺は首を傾ける。


「ディーフ馬鹿ね。アタシの小姓(ペイジ)であるアンタがすぐに頭を下げなかったからでしょ」


 そこ? いや、それ言ったら頭を下げなかった姫様のほうが……。


「君はある意味で有名だからね」

「え? そうなんですか?」

「そりゃあね。帝城内で君のことを知らない人間は、もぐりか何も知らない下っ端か、はたまた新人か……」


 師匠(せんせい)の言葉に、姫様もしきりに頷いている。


 良くも悪くも目立ってきたつもりはないんだけどな……。


 と思っていると、師匠(せんせい)が苦笑いしながら、姫様を見る。あー、なるほど。


 つまるところ、悪目立ちしている姫様とセットで覚えられている、ということか……。他の皇女や皇子は数え切れないほどの侍従を従えている。一方の姫様は最低限であって、常にべったり張り付いているのは俺。そりゃ目立つ。


 はー、納得。


 と言う間に、城門のすぐそばまでたどり着いた。しかし、当然ながら跳ね橋は上がっている。これでは通れない。


 ってか、そうだよな。なんで気づかなかったのだろう。夜は基本的に城門は閉じられていて、人の出入りは制限されている。


 どうやって……。なんて思っていたら、師匠(せんせい)が城門のそばにあるドアをノックした。


 思わず声を上げそうになって、口に手を当てる。中から、門番らしい兵士が出てきた。


「おや、アークマギカさんじゃないか」

「ああ、すまないが、今日もよろしく頼む」

「わかった、少し待ってくれ。橋を下げるから。いつも通り――」

「ああ、通用口で構わない」


 そう言って、師匠(せんせい)が小さな革袋を懐から取り出した。じゃらり、と音がなる。


「悪いねえ、いつも」

「フィールドワークのたびに、こうして手間をかけてるのだから、少しばかりの気持ちだよ」

「んじゃ、ちょっとまっててくれな」


 男がクランクを回す。跳ね橋がギギギ、と音を鳴らしてゆっくりと降りていく。


「顔見知りなんですね」

「良くこの時間からフィールドワークに出たりもする。本来は禁止行為でね。フィールドワークの日取りが限定されるのが難儀だよ」

「つまり、さっきのは、賄賂……」

「珍しいことじゃないさ」


 なんて話しているうちに、跳ね橋が完全に降りた。男がクランクから通用口へ向かい、鍵を開ける。


「アークマギカさん。いいぜ」

「うん。助かるよ」

「持ちつ持たれつってやつさ。日が昇って夕方……城門が閉まる前には戻ってきてくれよ。明日の担当は俺じゃない」

「わかってるさ」


 軽く手を上げて、師匠(せんせい)が通用口をくぐる。俺と殿下もその背中を追った。


 出てすぐに「ほんじゃ、気を付けてな」と、門番の気の良い声が聞こえ、通用口が閉まる。続いてがちゃり、と鍵をかける音。


 なるほど。中から外に出る分には、そこまで気をつけなくても、大きな問題にはならないのか。あくまで、城門は外敵を侵入させないためのもの。中から出ていく人間、それも顔見知りとくればチェックも甘くなる。


 橋を渡りきり、深夜の帝都の町並みを見下ろす。


「トラブルもあったが、ここまでは予定通りだ」


 師匠(せんせい)が心なしかはずんだ調子で言った。


「これから、どうするんですか?」

「アタシも気になってたわ。どうするの? 師匠(せんせい)


 計画は完全に師匠(せんせい)任せなもんで、この先どう動くのかはさっぱりわからない。というか、きっと師匠(せんせい)は敢えて何も伝えていない。俺達が中途半端に計画を知ってたら、早合点して勝手に動いたりしてしまう可能性は十分に考えられる。


 全部師匠(せんせい)頼みというのが、なんとも歯がゆくあるけれど……。


「そうだね。これから帝都の商業区にある、いっとう大きな屋敷へ向かう」

「商業区、ですか?」

「そうだ。逃げるにも足が必要だからね」


 足。この世界には馬車もあるが、もっと常用される移動手段がある。ウシと人間と馬のあいの子のような獣人であるムウイスが引く、「ムウ(しゃ)」だ。要はミノタウロスみたいなのが引く車だと言えばイメージしやすいだろうか。馬より速く、スタミナもある。


 でも……。


「ムウ(しゃ)って高いんじゃ……」


 帝国では獣人奴隷は一般的だが、他国では時代の波か近年禁止されつつある。ムウ(しゃ)を引くムウイスの供給が滞り、移動費は馬鹿にならないはずだ。


「大丈夫。伝手がある」

「伝手、ですか?」

「ま、私に任せておきたまえ」

「わかりました」


 計画の全貌をあくまでひた隠しにする師匠(せんせい)に、若干の不安を感じながらも、夜の帝都に足を踏み出す。


「あ、そうそう」

「はい?」

「ディーフェクト君。ここからは、『姫様』は禁止だ」

「え?」


 唐突に出てきた予想外の指示にぽかんとした。


「確かに師匠(せんせい)の言う通りね。すぐにバレちゃうわ」

「ここからは間違っても、リズ(・・)リズ(・・)であることを悟られてはならない。幸い、『リズ』という名前は帝国内では珍しくないし、帝国民はリズの顔なんて知らない」


 まぁ、そうか……。そうだよな。姫様、なんて呼ぼうものなら、「すわ、どこの姫がいらっしゃるんで!?」ってなる。


「今のうちから練習しておこうか、ディーフェクト君」

「そうね、呼んでみなさい、ディーフ」

「……え? 今ですか?」


 何だか、奇妙な方向に話が進んでいる気がするけど……。それでも必要なことか。


 しかし、姫様を呼び捨て、か。いや、別に前世では普通に「リズ」って呼んでたから、そんなん簡単で――


「り……」


 簡単で――


「リ……ズ……」


 簡単なはず――


「さ……ま」


 簡単なはずなんだけどなぁ。

 俺のあんまりな様子に、師匠(せんせい)と姫様が揃ってため息を吐いた。


「『リズ様』……ねぇ。それじゃ、リズを高貴な人物だと喧伝しているようなものだ」

師匠(せんせい)、わかってるんですよ。わかってるんですけど……」

「……まぁ、良い。リズの産まれが普通でないことは、誰が見ても明らかだろう。『様』をつけるつけないの些末な原因で破綻するなら、もっと早く破綻する。妥協しようか」


 そんな、無理してフォローしてくれなくても、大丈夫ですよ……。せんせー。


「では、行こう。ディーフェ……。いや、ディーフ、リズ」


 俺の名前を愛称で呼び直した師匠(せんせい)が先を促した。


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