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第十七話

 突然の師匠(せんせい)の登場と、次いで場に響き渡った声に目を剥く。


「ディーフっ!」

「ひめ……さま……」


 なんで姫様が? 俺が稼いだ時間とは一体? いや、少し考えればわかる。アクセルだけが帝城からやってきている、とは限らない。であればこそ、一人にするよりも、一緒に連れてきたほうが守りやすい。合理的だ。


 でも、だからこそ、


師匠(せんせい)っ! どうして!」


 問わずにはいられなかった。


 姫様と二人で逃げてくれれば。それが一番の最適解だったはずだ。


「リズにお願いされてしまってね」


 師匠(せんせい)が涼やかに言う。


「それに言っただろう? ディーフェクト君。私は好奇心には勝てない」

「――――」

「君がいないよりも、いたほうがきっと楽しい。それだけだよ」


 息を呑む。俺がいるとかいないとかよりも、もっと重要なものがあるはずで……。あるはず、というか、


「一番大事なのはっ! 姫様のっ――!」

「ディーフェクト君? 勘違いしちゃいけないよ?」

「勘違い?」

「死んで楽になろうと思うな」

「っ!? 別にそんなことっ!」

「そのやり方じゃ、君の目的は達成できない」


 そう言って、「見たまえよ」とでも言いたげに師匠(せんせい)が俺から視線を移す。いつの間にか、俺の胸元にしがみついている姫様へと。


 胸のあたりに顔を埋めた姫様は小刻みに震えていた。酷く心配をさせてしまったようで、仕方がないとは言え申し訳なくなる。


 声をかけようとしたその時、魔法で作られた土の壁が鈍い音を立てて崩れ、遮られていたアクセルの姿が再び現れた。


「アークマギカ殿、昨夜ぶり?」

「リアス将軍。流石、帝国第一軍の将。私の姑息なごまかしは通用しなかったか」

「通用してたか、してなかったかで言うなら、十分に通用してたよ。無駄足踏む気満々でここまで来たからね」


 師匠(せんせい)も、アクセルも微笑み合っている。ただ、裏腹に一触即発であることは俺でもわかった。


 奴と相対したら、流石の師匠(せんせい)でも勝ち目は薄い。一体――


「どうするつもりなんだ、なんてディーフェクト君が考えている気配を感じるね」

「仰るとおりです。流石の師匠(せんせい)でも……」

「ああ、流石の私も、かの帝国最強とことを構える気はさらさらないさ。死ぬのは別に構わない。だが、結果のわかっている勝負ほどつまらないものはない」

「じゃ、じゃあ、どうす――」

「決まってるだろ?」


 師匠(せんせい)が少しだけ顔を傾けて、横目で視線をよこした。一瞬のことだった。


「逃げるんだよ」


 そのまま杖を構える。


「そう易易と逃がすと思う? どんだけ考えが甘いんだっけ?」


 それを受けてアクセルが師匠(せんせい)に肉薄した。どうやっても起こりが見えない。凄まじいスピードだ。


 でも、師匠(せんせい)にはちゃんと見えていたらしかった。


「<縛>」


 発動スピードだけを極限まで重視した無属性の初級魔法。効果は、対象の動きをわずかに止めるのみ。


「<土檻>」


 そして、同じく土属性の初級魔法。土でできた檻を作り出す魔法。


「――へえ」


 アクセルが感心したような声を出す。


 たかが初級魔法。されど初級魔法。


 凡人が使っても決定打にはなり得ない。しかし、師匠(せんせい)が使えば必殺の一撃になる。何度も何度も彼女の初級魔法に打ち据えられた俺にとっては、簡単に理解できることだった。


 動きを瞬間止められ、隙を突かれたアクセルが檻に閉じ込められている。


 いとも簡単にやり込められたアクセルを呆然と見つめる俺に、師匠(せんせい)が楽しげに言葉を投げつける。


「さあ! ディーフェクト君! リズ! 行くよ!」

「え? え? え? え?」


 待って、状況の変化についていけてない。どういうこと?


「追いかけっこだ! 捕まったら極刑、逃げ切ったら天国! さぞ、楽しいだろうね!」


 ものすごい勢いでアクセルに背を向けて走り出す師匠(せんせい)の背中を、慌てて追いかける。ずっと俺の胸元にしがみついていた姫様を抱えて。


「さあ、逃げろや逃げろ! 全速力で!」


 どこまでも状況を楽しんでいる様子の師匠(せんせい)。さっきまでの切った張ったの大立ち回りとの落差に、ジェットコースターに乗っているような気分になる俺。そして、耳まで真っ赤にしながら(多分)俺を心配して泣いてくれていたところを、いきなり抱きかかえられて目をまんまるにしている姫様。


「じゃあ、百数えようか、いーち、にーい――――」


 飽くまで余裕のある声色で、何故か数を数え始めたアクセル。


 三人と一人の追いかけっこが始まった。



 *****



「せ、師匠(せんせい)っ! これからどうするんですか!?」


 ようやく通りすがる人々が出てき始めるほどには駆け抜けたあたりで、師匠(せんせい)に訊ねる。


「逃げるっても! こうやって走ってるだけじゃっ!」

「足は確保済みだよ」

「じゃあ」

「そうだね。ムウ車同士の追いかけっこになる」

「それって、結構ギリギリなんじゃ……。乗り継ぎのタイミングで――」

「あー、大丈夫。そこに関しては心配しなくて良い」

「理由はなんですかっ!?」

「説明している暇はないよ。ほら」


 師匠(せんせい)が視線で示した方を見る。ザパデーの西門、俺達が入ってきた門だ。


 じゃない。それだけじゃない。


 この都市は曲りなりにも貿易中継都市。ひっきりなしに人が商売のため出入りする。つまるところ、門のすぐそばにはたくさんの行商人がいるわけで。そいつらは、ムウ車に乗っているわけで……。


 数え切れないほどのムウ車と、商人がそこにいる。そして、その中の一人が訳知り顔で俺達を見ている。男に向かって師匠(せんせい)が叫んだ。


「すまない、やはり予定よりも早くなった!」

「準備はできてやすよ! さっ、お乗り下せえ!」

「悪いね!」


 男の背後に控えていたムウ車、その御者台に師匠(せんせい)が飛び乗り、「駆けろ!」と手綱を引く。それを合図にムウイスが荷車を全速力で引き始めた。


 俺と姫様が乗り込むのを待たずに、だ。少しだけ師匠(せんせい)の後ろを走っていた俺は、「やばい、乗り遅れる」という危機感に支配される。


「<風の方舟>」

「う……わっ!」


 しかし、突然身体を襲った浮遊感にそんな危機感も吹っ飛ぶ。ぐるぐると巡る状況に、俺は混乱しっぱなしだ。頭の中はもうぐちゃぐちゃ。


 事前予告なしにかけられた魔法によって重力から解放された結果、宙空で足をバタバタさせる形となり、バランスを崩しパニックを起こす。けど流石に師匠(せんせい)の魔法だ、風に運ばれてなんとか俺と姫様はムウ車に乗ることに成功した。


「し、死ぬかと思った」


 ムウ車の荷台で、俺はバクバクと鼓動を繰り返す心臓を抑えつけた。


「くふっ。さっきまで死のうとしていた人間の台詞じゃないね」


 御者をする師匠(せんせい)が茶化すように笑う。腹に据えかねるほどではないけれども、ここのところ師匠(せんせい)にはハラハラさせられっぱなしだ。大体が説明不足で……、いやまぁ、細かく説明する暇があるかと言われると、なかったのだろうし、アクセルがいたことも師匠(せんせい)の預かり知らぬところではあるけど……。


 文句の一つや二つ言ってもバチは当たるまい。と、口を開こうとした。


 しかし、


「ディーフ」


 底冷えのする銀鈴の音が鼓膜を震わせる。


「ひ、ひめさま?」

「アンタ、一体どういうつもり?」

「どういうつもり……って」


 姫様が眦を釣り上げて俺を睨んでいる。その目は真っ赤で、涙さえ滲んでいて。

 とにかく、なんかメチャクチャ怒っている。薄い唇をわななかせて。


「お、俺は……。姫様を、守ろうと」

「アンタがっ! アタシを! 守るんでしょ!?」

「で、ですからっ! 俺は――」

「アンタがっ! アタシを! 幸せにするんでしょっ!?」


 とっさに反論しようとしたが、それも遮られた。声を失う。


「う、うええ」


 姫様が目元をぐしぐしと擦りながら、恥も外聞もなく泣き出し始めたからだ。


「ひ、ひめさま?」


 心配をかけたことは申し訳なく思っていた。しかし、ここまで、泣くほど怒られるとは思っていなかった。


「アンタが……死んだら、誰がアタシを守るのよ……」

「そ、それは……」


 言い訳はいくらでもできる。俺の行動を正当化する理由ならいくらでも頭の中に浮かぶ。


 けれど、何故かそのどれを言っても、姫様を宥めることはできないように思えた。


「ぐずっ……。この際だからはっきり言っとくわ……」

「……はい」

「ディーフ、アンタは誰のものなの?」


 それは……。言うべくもない。


「姫様のものです」

「そうよ。アンタはアタシのもの。……ずびっ……」


 鼻をすする音がムウ車の中に響く。


「だったらっ! アタシの許可なく、命を浪費するなっ! アタシはアンタに『死んでも良い』なんて一言も言ってない!」

「――――」

「死ぬならアタシが『死ね』と言ったときに死になさいっ!」


 ……それは……。


 無理な相談です。と喉元まで出かかって、呑み込む。


 もう一度、いや何度だって。俺はあの状況に遭遇したら同じ行動を取る。「だろう」でも「きっと」でも「多分」でもない。絶対だ。


 だから、約束はできない。その命令は聞けない。


 俺は貴方を守るために生きてるんですよ。姫様。貴方の命令に背いてでも。


「ひめさ――」

「二人共! 色々行き違いを解消しているところ悪いけど!」


 かける言葉もろくに思いついていないまま、姫様にかけようとした声が、涼やかな叫び声に遮られた。


「飛ばすよ!」


 師匠(せんせい)の言葉に、荷台から後ろを見る。はるか遠く、砂粒みたいに小さくはあったが、俺達を追いかけてくる何かがいた。


「アクセル=リアスっ!?」


 速い。百数えて、それから足を確保して……いや、もう確保済みだったのかもしれないけど、それでザパデーを出て追いかけてきたのか。


「――っ!」


 ジリ貧だ。追いつかれるか、逃げ切れるかはムウ車を引くムウイスの個体差次第。


「どうするんですか!? 師匠(せんせい)!」


 さっき師匠(せんせい)は「心配しなくて良い」と言った。何か計画があるのだろう。


「これからっ、どうっ――」

「うん、間に合いそうだ」

「いやいや、師匠(せんせい)!? 一人で納得しないで下さい! 全然間に合ってないですからっ!」

「いや、間に合ったよ」


 手綱を握った師匠(せんせい)がちらりとこちらを見る。


「ディーフェクト君。私がどうしてこのルートを選んだと思う?」

「え?」

「自治都市に行くなら、もっと最短距離を通るべきだ、違うかい?」


 え? それは、ムウ車を乗り継ぐためでは?


「ただ逃げるためなら、野宿しながら、ムウイスも休ませてゆっくり行けば良い。急ぐ必要はあるけど、そこまでじゃない」

「えっと? 話が見えな――」

「ダルスという男は、協商自治都市連合出身の商人だ。それは言ったね?」


 確かに聞いた。でも、それが?


「そして、リディア王国の英雄は……自治都市連合で生まれた男なのだそうだ。ああ、これは君も知っている情報だったね」


 いや、だからそれがどういう?


「一つ良いことを教えてあげよう。自治都市の商人はね、国家に忠誠を誓わないんだ。彼らは金に忠誠を誓っている」

「いや、だから――」

「リディア王国と自治都市連合の一部は秘密裏に手を組んでいる。と言ったら、君は驚くかい?」


 別にそのこと自体は驚くべきことじゃない。原作を知っている俺からすれば。


 確かに、帝国から宣戦布告を受けてすぐにリディア王国は秘密裏に協商自治都市連合の一部の都市国家と手を組む。タイミング的にもう話は一通り纏まっていて、貿易に偽装した潜入が何度も行われている。はずだ。


 で、その中で一介の冒険者である、主人公が頭角を現して……。


 ――あっ。まさか……。


 師匠(せんせい)が示してくれた情報。それらがそれぞれ線で繋がり、彼女が何を企んでいるのかおおよその想像がついた瞬間、ムウ車を衝撃が襲った。衝撃、と言うのも違う。


「なに――がっ!? 姫様ッ!」


 ムウ車がバラバラになるほどの、攻撃。そう、まさに今何者かからの攻撃を受けた。姫様をなんとか抱きしめることができた自分を褒めてあげたいくらいだ。それほどに突然だった。


 バラバラになった荷車に乗っていた俺は慣性の法則に従って、地面を転がる。姫様を傷つけないように、強く抱きしめながら。


 地面との摩擦で勢いが殺され、ようやく真っ白だった思考が動き始める。幸い大きな怪我はない。


 そうだ、姫様は!


「姫様、大丈夫ですか?」

「う、うん。ありがとう、ディーフ」


 姫様にも大きな怪我はないようだった。一安心。


 しかし、一体何が? アクセルはまだ遠い。奴が攻撃してきた訳では無いはずだ。


 いや、わかっている。さっき点と点が線で繋がり、導き出された結果から推察するに、リディア王国と自治都市の……。


 ざくっ、と剣が地面に突き立てる音がする。


「貴様ら! 俺様の許可なくどかどかと通り過ぎようとは太い野郎だ!」

「――――え?」


 予測の方向性はあっていた。しかし、現実というものは、その予測地点を超えた結果を与え続けるらしい。


「あ、アランさまっ! いきなり攻撃しちゃ駄目ですよう!」

「るせーっ! 俺様が怪しいと思ったから絶対に怪しい!」


 原作の主人公。傲岸不遜の冒険者。そして、未来の大英雄。アランが俺達を見下ろしていた。

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