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第十三話

 ムウ車の後ろ、商品に偽装した木箱の中で我に返る。茫然自失としていて、気づいた時にはこの有り様だ。姫様の口から出た「この国を奪い取る」宣言が衝撃的すぎた。あそこからの展開は早かった。ダルスが「よく言ったァ!」とか言って、ヨハンが「ムウ車は用意しております」なんて言って、師匠(せんせい)が「時間がない、すぐに出よう」と言って。


 あれやこれやというまに、帝都ラウランド・ゼロの西門にたどり着いた。


 御者であるヨハンと門番の会話が聞こえる。内容に変なところはない。ごくごくありふれた事務手続きにしか聞こえない。ヨハンが唱える用事(・・)が嘘八百なことを除けば。西部戦線への補給物資として俺達は出荷されるのだ。


 全てが全て嘘ではないから困る。何しろ俺が潜り込んでいる木箱には大量の武器も一緒に詰め込まれているのだ。


 と言っても、すぐとなりに剣やら槍やらがあるわけじゃなく、木箱の底は二重になっていて、下に俺が詰め込まれている状態といえばわかるだろうか。


 だから、門番が検品のために荷台を確認しても、俺は息を潜めてビクビクしているだけで良い。門番は細かく荷物を検めたりはしたりはしなかった。ヨハンと門番の会話の端々から、帝都の隅々までダルスの息がかかっているのか伝わってくる。


 三十分ほど停まっていただろうか。ややあって、ゆっくりとムウ車が動き出す。門番の検品も終わり、いよいよ帝都を抜け出すのだ。正直ダルスの影響下にあるとは言え、いつ荷台に人間が潜んでいることを感づかれるか気が気じゃなかった。


 ムウ車の揺れが激しくなってから十分ほど。

 俺が詰め込まれた木箱を叩く音が聞こえた。


「ディーフ。もう出てきていい」

「出てきていいよって言われましても……」


 俺の上には大量の武器があるわけで。身体能力に秀でているわけではない人間としては、底板を外して木箱から出るなんて荒業はできない。


「上の荷物はどけてるから、ちょっと力をいれれば出られる」


 さいですか。


 師匠(せんせい)の言葉に嘘はなく、よっこらせ、と力をいれるといとも簡単に底板が抜けた。詰め込まれていた木箱は、お世辞にも綺麗に整えられているとは言い難い木材でできている。木板のささくれがいくつか手に刺さって少しだけ顔をしかめた。


 やっとこさ木箱から這い出ると、姫様もちょうど木箱から顔を出したところだった。俺の姿を目にした姫様が、ぷっ、と吹き出す。


「ディーフ、木くずだらけじゃない」

「ひめさ……」

「ディーフ?」

「リズ様も一緒ですよ」


 思わず「姫様」と口走りそうになった俺を、姫様がじろりと睨む。慌てて言い直すと、姫様が満足げに笑った。


 刺さったトゲのせいで、手がチクチクと痛むけど、真っ暗で手元が見えないから一本一本抜くこともできなさそうだ。しばらく我慢か。まぁ、些細なことだ。


 姫様の斜め上の方向を向いた決意に比べれば。


「無事帝都は出られた。さて、これからのことを話そう」


 いやいやいや、その前に。


「これからのことよりも、俺の疑問に答えていただけますか? 師匠(せんせい)

「疑問? なにかな?」

「……奪い取る、って……」


 慎重に言葉を選んで訊ねる。帝国という単語を避けて。今ムウ車に乗っている俺達の会話を盗み聞きできる人間はいない。けれど、なんとなく「帝国を奪い取る」と口に出すのは憚られた。


「ああ、そんなことか」

「そんなことか、って……!?」


 そんなこと、なんて簡単に切り捨てていいわけないだろ。俺と姫様をここまで連れてきてくれた師匠(せんせい)を今更疑うなんてとんでもない、と理性では理解している。でも、だからこそ、少しくらい文句を言いたくなる俺を誰が責められようか。


「せめて事前に伝えてくれたら――」

「ふっ」


 鼻で笑われた。

 おかしいな、割と正論なんだと思うんだけどな。


「事前に伝えたら、君は首を縦に振ったかな?」

「それ……は」

「ダルス殿の協力を得るために、必要なことだった、それだけだろう?」

「――――っ! だからって!」

「滅ぶのだろう?」


 そう、だ。滅ぶのだ。ラウエル帝国は。

 そんな国のトップに姫様を? とんでもないことだ。


 そしてそれ以上に。


(その情報を姫様に開示するのはっ!)


 まだ、早い。ラウエル帝国が滅ぶ運命にあることを知ったとき、姫様がどう行動するのか予測できない。


 姫様は言った。「皇族としての誇りがある」と。そんなリズ・クラドクラド=ラウエルが、「滅びるかもしれない帝国から亡命した末席皇女」なんて立場をやすやすと受け入れるとは思えない。曲がりなりにも帝国は姫様の故郷で。それで、それでっ。


「ディーフ、落ち着きなさい」

「ひっめっ……リズ様はっ! 師匠(せんせい)からっ、何を聞かされてっ!」

「落ち着きなさいっ! ディーフェクトっ!」

「――――っ!?」


 姫様の怒声がムウ車の中に響き渡る。余りの音量に御者台でムウイスの手綱を握るヨハンが鼻を鳴らした。


師匠(せんせい)から聞いて、アタシは全部納得してるわ」

「納得……って」

「必要なことよ」

「そんなっ……。姫様が危ない橋を渡るなんてっ!」

「姫様禁止っ! 落ち着きなさいっ! ディーフェクトッ!」


 再び姫様の怒号が俺の顔面を殴りつけた。


「だって、それじゃあ……俺は、なんのために……」


 姫様にとってのバッドエンドを回避したい。姫様を無事に生かしたい。

 幸せになってほしい。争いや危険とは無縁……とまではいかなくとも、庇護され安全な場所にいてほしい。


 原作での姫様の最期を思い出す。


 前世では、「良い気味だ」と思っていた。しかし、長年共に過ごした彼女に待ち受ける最期に、今じゃそんな感情は沸かない。


 あのエンディングでは、帝国を滅亡せんと主人公らが放った大規模魔法で蒸発することとなる。最期の姫様の絶望に彩られた瞳を思い出すだけで指先が冷たくなる。


 あのエンディングでは、虜囚とされ、犯され、嬲られ、誇りを踏みにじられ、それでも主人公アランにすがりつき、切り捨てられる。最期の姫様の人間としての尊厳すら忘れた、空っぽな表情を思い出すだけで身体の中心が震えだす。


 あのエンディングでは、闇の力を取り込み、主人公と相対するも、暴走し、おおよそ元人間とは思えないおぞましい姿に変貌した末、肉という肉が溶解し、苦悶の叫びを上げながら息絶える。最期の姫様のグロテスクな、口に出すのも憚られるような死体とも呼べない粘液を思い出すだけで、頭痛がとまらない。


 あのエンディングでは、あのエンディングでは、あのエンディングでは。


 想像するだけで、思い浮かべるだけで。


「お……っ、ぐっえ」


 胃が収縮し、苦い汁が喉元までせり上げてくる。


「そ、それじゃ……駄目だ……。駄目なんですよ……」

「何が駄目なの? ディーフはアタシを幸せにしてくれるんでしょう?」

「――――」

「なら、過ぎたことでグダグダ言わない」

「ぐっ……で……も、しかしっ……」


 焼ける喉の痛みに顔をしかめながらも、なおも否を口に出す俺の胸元に姫様の拳が突き刺さる。ぽすっ、とかじゃない。ずどん、だ。


 肺の中の空気が全て吐き出される。痛みに思わず膝をつく。ついでに、胃液が口の中を満たし、堪えきれずに口の端から漏れ出た。


 身体を襲った衝撃も相まって、「なぜ?」と「どうして?」で頭が埋め尽くされる。視界がじわりと滲んだ。涙で。


「な……にをっ……?」

「ディーフ、大丈夫。大丈夫だから」


 姫様が、うずくまる俺の背中をさすった。


「アタシはリズ・クラドクラド=ラウエル。帝国の第十二皇女」

「――――」

「知ってるでしょ? ディーフ。アタシは欲張りよ。欲しいものは全部手に入れる」


 そうだった。姫様のそもそもの気質はこうだった。


 俺がどんなに魔改造しても、姫様はわがままで、傲慢で、強欲で。


「どんだけアンタ心配してんのよ。アンタはアタシを幸せにする、アタシは全力で幸せになる」


 何も言い返せない。吐き気によって言えないわけじゃない。


 その愚直なまでの堂々たる御姿に。見惚れた。


 呼吸を忘れるほどに。


「アンタは黙ってアタシについてきなさい」

「どう……いう……」

「アタシの背中を預けてあげるって言ってるのよ。全力でアタシを支えなさいそれが――」


 姫様が満たされたように微笑んだ。


「アンタの役割よ」


 全てを納得したわけじゃない。全てに肯定したわけじゃない。


 帝国を乗っ取る? 滅びゆく帝国を? 結局主人公らの倒すべき敵になってしまう。結果はどうなる? 姫様が死ぬ。到底受け入れられるものではない。


 でも。それでも。


 姫様にこうも言われてしまっては。


「わか……りました……」


 そう返すしかなくなるのだ。



 *****



「で? これからの話をしていいかな?」


 姫様と俺の侃々諤々としたやりとりを黙って見ていた師匠(せんせい)がややあって口を開いた。


 未だ色々な身体の不調から回復できていない状態だが、最低限起き上がることはできた。口の周りに付着した胃液を服の袖で拭う。


 心の底から信じていたとは言えば嘘になる。それでも師匠(せんせい)は味方だと思っていて、それを裏切られた気持ちだ。自然と彼女を、ヒルマ=アークマギカを見る目も厳しいものとなる。


 姫様が一人で「帝国を乗っ取る」なんて考えつくはずがない。いくら、わがままで欲張りな姫様でも現実的な算段がなければ、軽々しく国盗り宣言なんてしないはずだ。きっと師匠(せんせい)がそそのかしたに違いない。


 しかしながら、結局のところ俺にはなんの力もない。ちょっとばかり魔法が使えたからと言って、何でもできるなんて思い上がれるほどお気楽な頭はしちゃいない。姫様を救うためには師匠(せんせい)の協力が不可欠だ。わかってる。


 忸怩たる思いを噛み殺しながら、俺は師匠(せんせい)の言葉に対する返答を口にした。


「……はい、聞かせてください」


 主人公らとうまく合流できれば……また変わるかもしれない。姫様をヒロイン候補にするという最初の目的を達成できれば。


 であればこそ、今は師匠(せんせい)の思惑に乗る。全てをコントロールさせるわけじゃない。落ち着け。


「最終的な目的地は、協商自治都市連合だ」


 協商自治都市連合。


 各国が一定の制約の下、自由な貿易をするために作り上げた緩衝地帯を礎とし、財を力を持った商人がそれぞれ各国の手の届かない自治組織を作り上げ、やがて小さな国のような都市が乱立するようになった区域だ。


 帝国の西、リディア王国との間に位置している。


 帝国もその設立に一口噛んでいるため今はまだ敵対していない。という筋書きだったはずだ。


 しかしそれも時間の問題で、すぐにラウエル帝国皇帝が協商自治都市連合も帝国の傘下に加えようと攻め込むこととなるのだが……。それはもう少し後の話だ。


 だから、逃亡するとして、協商自治都市連合が目的地となるのは妥当だ。直前まで「帝国を奪い取る」とか息巻いていた姫様の宣言と比べて嘘みたいにまともだ。まともすぎる。


「なんだい? 突然目の前で爆発が起きたような顔して」

「い、いや。さっきまでとの落差が酷くて、胸焼けが……」

「うん?」

「いや、てっきり……」


 帝国のどこかに潜伏し、力を貯め、なんやかんやした後に、帝都に攻め入るのかと思っていた。今の話だけじゃ、その「なんやかんや」の中に「協商自治都市連合」に亡命するというのが含まれていて、潜伏先がそこだって、それだけなんだけどさ……。


 とは言え、流石に帝国内に潜伏なんていう無謀な計画ではなかったようで、胸を撫で下ろすこともできないくらいに納得してしまった。


「なんだい? 私が無策でクーデターでも起こすとでも思ったのかい?」


 そこまでは思っていないです。


「流石に私もそこまで無謀じゃないさ。すべきことをして、段取るべきことを段取って。じゃなければ、何事も成し遂げられない」

「いや、仰るとおりで」


 師匠(せんせい)の言う事はなんだかんだでまともだ。手放しで信用できるかと言われたら、この数時間で疑う余地ができすぎたのだけれど。


「このまま、いくつかの街を経て、ムウ車を乗り継いで、国境を超える」

「国境越えの具体的な計画は……」


 国境を超えるのは簡単ではない。


「だからこそダルス殿なんだよ」


 そういうことか。


「彼は商人で、更に出身は協商自治都市連合だ。伝手がある」


 その伝手がなんなのかはわからないが、金の集まるところには、人も集まる。逆説的に、人心をある程度掌握できなければ、商人としての立身出世はなし得ない。そこに関しては信用しても……。いや、うん。それでも結構危険な橋か。


 けれど、危険な橋を渡らなければ、目的を達成できないのは確かで。


「その……後は?」

「その後かい?」

「はい」


 一旦疑問や反論は呑み込む。師匠(せんせい)の言う通りに行動するのが今は一番姫様の生存率が高い。


「その後は……リディア王国の英雄と接触する」

「……はい?」


 思わぬ形で、当初の目的が達成されそうな気配に、俺は思わず聞き返した。


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