第三話:ギアホールの亡霊
――鉄と蒸気の咆哮が、静寂を切り裂く。
視界の先に現れたのは、かつて機械帝国の心臓部として繁栄を極めた都市、ギアホール。だが、今やその繁栄の面影はどこにもない。無数の歯車が停止し、空を覆っていたはずの巨大な工場群は崩れ落ち、街全体が沈黙の墓場と化していた。
「……ここが、かつての帝国の中心か。」
時の支配者は、冷たい風に吹かれながら立ち尽くしていた。空は灰色に染まり、かすかな蒸気の残り香が空気に漂う。かつてこの都市を満たしていたエネルギーの脈動は、今やただの虚無と化している。
「クロノヴァースの再起動には、この都市のコアを再稼働させる必要がある。」
アーテリオンの声が響く。
「ギアホールの**時空制御機関(Chrono Reactor)**は、この世界の時間の流れを安定させていた。だが、崩壊の影響で停止したままだ。再起動には……お前の力が必要だ。」
「俺の力、か。」
彼はゆっくりと拳を握る。時の支配者としての力――それは単なる魔法でも、単なる科学でもない。時間そのものを操る能力。しかし、それはかつての大災厄の原因でもあった。もう一度、この力を使うことに迷いがないわけではない。
「……行こう。終わりを変えるために。」
ギアホールの中央へと向かう道は、瓦礫に覆われていた。壊れた機械の残骸が散乱し、かつての技術の栄華を感じさせると同時に、絶望の深さを物語っている。
突然、空気が震えた。
「何だ……?」
歯車の隙間から現れたのは、機械の亡霊(Spectral Golem)。錆びた装甲を纏いながらも、その体は異様な魔力の光を帯びている。かつてこの都市を守るために作られた守護者たちが、今では崩壊の余韻に囚われ、狂気の存在へと変貌していた。
「侵入者、確認……抹消プロトコル、起動……」
鋼鉄の咆哮とともに、亡霊が襲いかかる。
「アーテリオン、これは一体――?」
「ギアホールの機械防衛システムが暴走している。彼らは……この都市の守り手だった。しかし今は、ただの呪われた影だ。」
彼は深く息を吸い、意識を集中させた。時間が歪む。空間がねじれる。
「時の支配者としての力――思い出させてやる。」
彼の周囲の空間が淡く光り始める。時の停止。一瞬、全てが静止し、亡霊の動きが凍りつく。その刹那、彼は一歩踏み出し、敵の中心へと拳を叩き込む。
衝撃とともに、亡霊の核心部が砕け散る。だが、それで終わりではなかった。
「……まだいるのか。」
空中に浮かぶ歯車の影が動き出す。亡霊は群れとなって迫ってくる。
「急がねばならない。この都市の中枢施設に到達し、コアを再起動させる必要がある。」
彼は決意を新たにし、再び歩を進めた。ギアホールの奥深くへ。そこで待つのは、時間の歯車を再び回すための試練――そして、彼の過去の罪と向き合う瞬間だった。
「この世界が終わる前に……俺は、全てを取り戻す。」
闇の中、光はわずかに揺れている。その光は、滅びを超えて、新たな希望となるだろうか――。