第八話 I My Me
そのアナログゲームのタイトルは「I My Me」だ。ルールはまず表裏にそれぞれ「私」「あなた」と刻まれたコインを弾く。次に指名カードAの山札から一枚引く。これには「彼に」「彼女に」「私に」の三種類がある。次に指名カードBの山札から一枚引く。これには「彼の」「彼女の」「私の」の三種類がある。最後にお題カードの山札から一枚引く。そしてそれらをつなげる。つまりお題に対する主語、相手、修飾主を決めてお題をこなすというゲームだ。
と言われてもわかりにくいので早速一度やってみることにした。
最初にコインをとったのは意外にも踊華だった。初対面の相手がいると緊張すると聞いたが手慣れた様子でコインを弾きカードをめくっていく。
その結果「私が彼に彼女の秘密を一つ教える」になった。この彼や彼女は自由に指名ができる。この場合彼に相当するのは自分しかいない。彼女に踊華が指名したのは光だった。
光は「なんで私なんだよ」と抗議したがゲームを中断するつもりはないようで踊華の言葉を待った。
踊華はカードを見つめたまま顎に手を当て考えると何でもない風にこう言った。
「光姉さんはサボテンの光太が元気ないと悲しそうな顔をする。ちなみに光太は初恋の人」
「・・・ちょっと待て。彼になんだから皆に聞こえるように言ったら意味ないだろうが」
光は頬を紅潮させ怒った声を発する。空気がぴりっと揺らいだが他の面々は
「そんなのとっくに知ってるよー」
「ふふ、そうよ光。ばればれだったよ」
「ほら皆知ってるんだから一緒でしょ」
「くっ」
光は悔しそうに拳を握る。自分が秘密にできていたと思っていたことがそうじゃなかったと知ったら当然恥ずかしいだろう。
なぜ踊華がこの秘密をばらしたのか何となくわかる気がする。きっと場を和ませるためだろう。皆知っている小さな秘密ならばらしたところでダメージは少ない。それに淡白な印象の光の意外な一面を開示することでとっつきやすくなった。
踊華は周りのことをよく見ているのかもしれない。でも誤算があった。光はこの秘密を誰にも知られたくなかったらしくしばらくいじけていた。
いじけている光をよそに踊華は「折角なのでどうぞ」とつぶやきながらコインを自分の方に差し出してきた。それを素直に受け取りコインを弾く。出たのは「あなた」。この相手は好きに指名できる。次にカードめくっていくとお題カードが空白だった。これは何だろうと疑問に思っていると波来が説明してくれる。
「おお! これはねお題を好きに決められるんだよ。一枚しかないのにすごいね」
これはワイルドカードみたいなものか。しかし困ったな。自由に決めろと言われても悩んでしまう。
あのことを告げるチャンスかもしれないが成り行きで言うのも違う気がする。頭をひねっていると喉が渇いたので麦茶を飲む。その冷たさで気になっていたことを思い出した。
「じゃあ、こうします。漣さんが自分にこの神社の由来を教えるでお願いします」
「鳴家君、そんな簡単なことでいいの?」
「そうだよ、何でもいいのにもったいないよ」
「いえ、海に関する神社なのに何で山奥にあるのか気になっていたので」
彼に相当するものを無機物に指定したのはずるい気もするがルールの抜け穴ということで許してもらおう。誰も気にしていないようだし。
舞は人差し指を立てると得意げに語りだした。
「この漣神社はね、元々海辺にあったらしいんだよ。昔々海が荒れて漁がままならないときに神の怒りを鎮めようとして鳥居を立てたんだって。そのおかげか海は穏やかになって魚もたくさんとれるようになった。だから漣凪神社って呼ばれるようになって。でも次第に神社の存在意義がなくなっていって百年以上前についには取り壊されることになったの。でもね漁で生計を立ててきた人たちの中には神社に恩を感じている人もいてどうにか残すために合祀という形をとった。合祀っていうのはね簡単に言うと神社の合併で漣凪神社を元々ここにあった七未神社に移して今の形になったんだよ」
「その時から漣さんの家が神主をしているんですか?」
「いや、元々は親戚がやってたんだけど継ぐ人がいなくなったからおじいちゃんが思い切って受け継いだんだよ。だから案外私たちにとってはまだ歴史が浅いの」
「そうだったんですね。勉強になります」
「鳴家君はこういう話好きなの?」
「歴史が好きですし、色んな事が気になる癖があるので教えてくれてありがとうございます」
「いえいえ、お安いごようだよ」
そういえば舞とまともに会話をしたのは3日ぶりだった。こうやって誰かとちゃんと話せるのはやっぱり嬉しいことだ。気の合う友達も数人しかいないのでこういう時間は大切にしないといけない。二人で温かい気持ちになっていると波来がうずうずしながら「次やらせてー!」と言いコインを手に取った。
そして出来たお題は
「えーっと『波来がお姉ちゃんにお兄ちゃんの好きなところを教えてもらう』」
「え・・・!?」
「お兄ちゃん?」
舞と自分はまたしてもあたふたした。