第五話 プリンは固めで
目を開けると焙煎されたコーヒーの香ばしい匂いがした。
体を起こしたのは革製のソファーでテーブルを挟んで向かいには舞がいる。目が合うと舞は表情を明るくし話始めた。
「あ、よかった気が付いて」
「ここはどこですか?」
「私の親戚がやってる喫茶店で大学の近くにあるんだよ。鳴家君が食堂で気を失って中々起きなかったから伯父さんを呼んで運んでもらったの」
「すみません、ありがとうございました」
「いやいやそんな。こちらこそごめんね。あ、鳴家君に変なこととかは一切してないからね」
わざわざ連れてきてくれたのか。それにストーカー行為の話の時も思ったが妙に律義な面があるんだな。悪い人なのかいい人なのかいまいち掴みづらい。多分悪気があるわけでないんだろうけれど。
自分が起きたのに気が付いていたカウンターの奥の店主が気を利かせてコーヒーを持ってきてくれた。香ばしい匂いの奥にフルーティーな甘い香りもする。コーヒーには別に詳しくないがこれが手間のかかっているいいコーヒーだということはわかった。
「コーヒー大丈夫? もしあれなら別の飲み物もあるけど」
「いえ、コーヒーは好きなので大丈夫です。わざわざすみません」
相手にこれ以上気を使わせても悪いので早速一口飲んでみる。少し熱いのでゆっくり口に運ぶ。唇に触れた時まず熱さを感じ次に香ばしさが鼻に流れる。舌先に触れると苦みを感じるがその奥にフルーティーさとほのかな甘みも感じる。普段コーヒーを飲むときは牛乳か砂糖を入れるのだがこのコーヒーはブラックでも非常に飲みやすかった。
コーヒーの温かさに安心したのか思わず笑みがこぼれる。それを見ていた舞も安心したように肩の力を抜く。やっぱりすごく気遣ってくれているんだな。
場の空気が弛緩したことでお互いリラックスし始めていた。そのチャンスを逃すまいと舞は攻める。
「苦い飲み物には甘いものが合うでしょ。ここのプリン美味しくて近所でも評判だからさ、折角だったら食べていかない?」
「じゃあお言葉に甘えて、お願いします」
運ばれてきたのは脚がついたステンレス製の皿にのった固めのプリンだ。プリンにはカラメルソースがかかっているだけで他に余計なものは一切かかっていない。見た目はまさに喫茶店のプリンという感じで、初めてこういうプリンを目の前にしたので感動すら覚えた。
舞に促されるまま期待しスプーンを手に取る。プリンの頭をすくい口に滑らせると卵の強い風味を感じた。舌触りは滑らかでくどくない。いわゆる添加物的な甘みではなく自然な味わいで濃厚さもあるがカラメルソースが上手く包み込んでくれるおかげでさっぱりと食べられる。
どこにでもあるような安心感とともにここだけでしか味わえない特別なものも感じる。その正体について自分で考察しようとするとすでにプリンを食べ終えた舞が解説してくれる。
「ここのプリンはねまず卵にこだわってて伯父さんが何種類も試してやっと見つけたお気に入りの卵を使ってるの。それにカラメルソースにはコーヒーの粉末を混ぜてあるからちょうどいい甘さになるんだよ。喫茶店らしさがあってすごく好きなんだよね。小さい時はこの味のよさが分からなかったけど二十歳を越えると味覚が変わって苦みの良さがわかるようになったというか」
「すごく楽しそうですね」
「へ、」
「本当にこの場所が好きなんだろうなと思って。いい人そうだとわかって何だか安心しました」
その言葉に舞は数秒固まった後はっとし恥ずかしそうに両手で顔を隠した。
短いやりとりではあったけど態度や言葉の端々から優しさが伝わってきて舞に対する警戒心は薄れていた。
ただこれだけは言っておこう。
「でも隠れて付きまとうのはやめてくださいね。これからは直接やりとりしましょう」
舞は言葉にならない声を漏らしさらに顔を隠した。自分も柄にもないことを言ったせいで内心どきどきだったのは内緒だ。