第二話 夏の始まり
大学での講義を受講し終え食堂で昼ご飯を食べようと食券機に並んでいた。この大学には二つの食堂がありこの「ルーブル」には比較的リーズナブルなメニューが並んでいる。いつも390円のみそかつ丼か490円の日替わり定食を頼んでいるのだが毎回食券を買う前に悩む。
今日の日替わり定食はロコモコ丼だ。今週は世界のグルメ紀行というイベント中らしい。
一応他のメニューもざっと見ている間に自分の番になった。後ろにも人が並んでいるのであまり時間をかけるわけにはいかない。でも少し考えさせてほしい。
1分ほど経ってようやく日替わり定食のボタンを押すと視界の端で何かがひらひらとしているのに気が付いた。食券をとる時にちらと横を見ると昨日会った女性が自分に向けて手を振っていた。
気恥ずかしいので軽く会釈だけして周りから知り合いともそうじゃないとも取れる微妙な距離感を保って食堂のカウンターへ向かった。
ついて来ている。あの女性が真後ろにいる。今ロコモコ丼を受け取るために並んでいる最中だが後ろから華やかな甘い香りが鼻孔をくすぐって妙にそわそわする。
たまたま彼女もロコモコ丼を食べるために並んでいるだけ、そうに違いない。受け取ったら何事もなかったかのように落ち着いて席に着こう。
そう決意していたのだが・・・・・・。
「鳴家君、お隣いいかな?」
相席になってしまった。確かに昼間の食堂はにぎわっていて席は限られてはいるが他に空いている席はまだあるのに。
「あ、もしかして緊張してる? おーい」
女性が話しかけてきている。でも今それどころではない。誰かと食事をとるというだけで緊張するのに美人が隣にいたら余計におかしくなる。
ゆるくウェーブをかけたボブの髪はつやがありブロンドに輝いている。少し太めの眉の端にはほくろがあり二重の大きな瞳は人の目を吸い込む引力がある。
思わず見惚れていると女性は蠱惑的な笑みを浮かべからかってくる。
「もしかして私のこと忘れちゃったの? もう、あんなに刺激的な出会いをしたっていうのに。それでも、私に見惚れてくれるんだね」
ものすごく可愛い。まっすぐに見つめられ心臓が走り高跳びを始める。何故こんなに執着してくるのかはわからないがこの女性が自分のことを確かに見てくれているのは伝わってくる。
だけどやはり彼女が誰なのか覚えがない。もちろん記憶喪失ではない。単純に同じ大学の学生ということだけでそれ以上の関係があるとは思えない。なのに向こうは自分の名前を知っている。それにやけに親し気だ。
そんな疑問を感じ取ったのか目の前の女性は朗々と語り始めた。