8.再会~兄視点~③
『後ろを見ろ』と俺と母に向かって、父は目で合図する。
そこにあるのは王宮の侍女達の鋭い視線だった。
母と俺は慌てて父のようにアンに謝る。
でも俺は末の妹に話し掛けるふりをして、アンに向かって話し掛けてみる。
『駄目だろう、ちび』と。それは『そんな他人行儀じゃ駄目だろう、アン』という意味を込めてだった。
『ちび』は俺が昔アンを呼ぶときに使っていた特別な言葉で、アン以外には使ったことなどない。俺がそう呼ぶとアンはいつも『ちびじゃないもん』と言いながらも嬉しそうにしていた。
お願いだ、気づいてくれ!
『ちびじゃないもん』って言って笑ってくれよ…。
だがアンからの反応はなかった。
優雅に微笑んで、涙目になっている末の妹に優しく番として話し掛ける。
――『私はね、竜王様の番なの』
優しい言い方で拒否されていないと伝わってきたけど、『姉だ』と『家族だ』とは言ってくれなかった……。
どうしてだよ、ちび!
お前が言ってくれなくちゃ、俺は兄ちゃんとして接することが出来ないじゃないか…。
なあ、ちび『お兄ちゃん』って呼んでくれよ。
結局俺も両親もアンを抱き締めることもなく、名前を呼ぶこともなく面会は終わってしまった。
…俺は弱虫だった。
ぎこちなく終わった面会は、望んでいた六年ぶりの家族の団欒ではなく『番様』とのただの面会だった。
末の妹だけは『綺麗な番様とお友達になれた』と無邪気に喜んでいたが、俺は落ち込んでいた。
アンは変わっちゃたのかな…。
もう俺達に会いたくないって思ったかな?
「なあ父さん、アンは変わっちゃったのかな…。もう俺達のことを家族だと思っていないのかな?一度だって、お兄ちゃんって呼んでくれなかった…」
「そんなことないさ。あの子は竜王様の番だが俺達の大切な娘なのは変わらない。六年間の空白があったんだ、いきなり前のようになれなくても仕方がないさ」
「そうよ、アンと会えたんだから一歩前進だわ。ゆっくりと時間を掛けてあの子とやり直していきましょう。大切なあの子が不利な状況にならないように気を付けながらね。私達家族が足を引っ張ることがないようにしながら」
両親はそう言っているけど、どこか無理をしているのが分かった。きっとアンに受け入れて貰えなかったのかもと不安に思っているんだろう。俺も同じだからよく分かる。
だが予想に反して定期的にアンに会えるようにはなった。
素直に嬉しかったけれども、毎回面会のたびに落ち込んで帰ってくることになった。
『お兄ちゃん』という言葉はいくら面会を重ねてもアンの口から出てくることはなく、溝は埋まることはなかった。




