67.幽霊の正体③
「…君は、物怖じしないのだな。そうか…本当の君はそうなのか…」
呟くような彼の言葉はどこか悲しげだ、どうしてかは分からないけど。
物怖じしないのは事実だけれども『本当の君』ってなんだろう?
今日初めて会ったよね、あなたと…。
「あの、私達どこかで会っていたかな?ごめんなさい、最近王宮で働き始めたばかりだからちゃんと覚えていなかったみたい…」
「いや……今日初めて会う」
相変わらずの短すぎる言葉だけれど不快ではない。この人の目が優しいからだろうか…。
じっと彼の目を見ているとすぐに目を逸らせれてしまった。そして部屋から出て行こうとしてしまう。
もう幽霊はいないと分かったのだから、ここは安全な場所だし彼がいなくても平気なはずなのになぜかこのまま行かせてはいけない気がする。
私は慌ててその背に向かって話し掛ける。
「あの名前は何て言うの、教えて!」
「……エド」
名だけを告げるたった一言に私の鼓動は速くなる。
「エド、またここに来る?私もここに来てもいいかな?」
「…………」
返事はなく、そのまま足早に部屋から出ていてしまった。見えなくなった姿に向かって『エド、有り難うまたね!』と大きな声で叫んだけど聞こえたかどうか分からない。
こんな気持ちは初めてだった。
もしかしたらこれが初恋なのかと思ってしまう。失った記憶の中に初恋の記憶もあったかもしれないが覚えていないので、きっとこれが私にとっての初恋だ。
何の約束もしていないのでまた会えるかどうかも分からない。
21歳にして初恋を経験し顔がにやけてしまう。
それに胸の鼓動が速まっているせいなのか、じわりとお腹まで温かく感じてしまう。
うぁ、恋って物理的にも身体が温かくなるんだ?!
知らなかったな、ふふふ。
あ、あれ…なんか湿ってる?
はて…なんで…?
私がエドとの運命的な出会いに浸っていると、私の腕の中で子犬がちゃっかり粗相をしていた。
『きゃー、なんでここでするのーー』
『キャン、キャン』
‥‥やはり犬は鬼門だった。
あれからエドを探すがまだ会えていない。誰に聞いても王宮で働いているエドという名の青年を知らないのだ。
暇を見つけてはこっそりと離宮にも足を運んでいるが、エドと会うことはなかった。
いつか会えるかもという淡い期待を捨てきれずにもう一ヶ月が過ぎている。
ふぅ、やっぱり初恋って実らないのかな…。
今日も仕事終わりに離宮に来ているが、エドはもちろんいない。
『はぁ…』とため息を吐いていると、微かに『キャンキャン』というあの子犬の鳴き声が聞こえてくる。その声は人の足音と共に大きくなり、ついには私の目の前に子犬を抱いたエドが姿を現した。
「エド、久しぶり!元気にしていた?」
私は嬉しさ全開で話し掛ける。もし私に獣人の尻尾があれば確実にフリフリだっただろう。
「…………」
返事はないが彼は不機嫌な様子ではなし、その目は優しい。だから気にしない。
エドは無言で抱いていた子犬を私に向かって差し出してくる。
「なあに?エド」
彼の意図は分かるけど、私はにっこりと微笑んで受け取ろうとしない。別に意地悪をしたいわけではない、彼に言葉の大切さを教えたいだけだ。
更にグイっと子犬を押し付けてくるが『なにかしら?』と言って受け取らない。
このやり取りで10分が経過する。
むむ、エドもなかなかね。
負けてられないわ!
どちらも一歩も引かず延長戦に突入するかと思ったその時動きがあった。
先に折れたのはエドだった、私の勝利だ。




