61.両親の想い①
アンから『王宮に就職する』という発言を聞く前から王宮の侍女に応募していたことは知っていた。
王宮から事前に連絡があったのだ。
『アン様が王宮侍女に応募しております。現場の面接官は何も知りませんので、面接を受ける場合、通常の手順で審査いたします。王宮としては合否に関与は致しません。いろいろと考えることもあると思いましたので、勝手ながらご報告させていただきました』と。
アンが王宮の侍女に応募したいと言っていたが『駄目だ』と言ったので諦めたと思っていた。
……甘かったか。あのアンが大人しく諦める訳がなかったか…。
番として過酷な運命に晒され壊れてしまった娘。親として守ることが出来ず、助けることも出来なかった。
竜王の竜眼とアンの『番の感覚』を引き換えにもう一度人生をやり直す機会を得た。
もう二度とアイツには近づけたくない。
笑っていて欲しいんだ。
もう壊れて欲しくない、あんなアンは見たくない。
折角上手くいっているのだ、アンも一生懸命努力をしてきたんだ。
『えへへ、わすれちゃった』といつも前向きに笑っていた。だが10年間の貴重な時間を失ったんだ、辛いことだって沢山あったし人の何十倍も大変だったはずだ。
それなのにそんな姿を見せずに笑っていた。たまに『もういやだっ!』って泣いていたけど、たくさん泣いた後は『おなか空いちゃった、えへへ』って笑って抱き着いてきた。
あの子は頑張り屋なんだ。
いつも笑っているが、陰では人一倍頑張っているんだ。
単純だって?、違う!
あの子ほど純粋で真っ直ぐな子はいない。
今度こそ守るんだ!
楽しかった家族団欒を台無しにして一人で寝室に籠っていると、妻がやって来て俺の隣に座ってくる。
「あなた、侍女に応募したことは知っていたでしょう。それなのに止めなかった。アンを問い詰め面接に行かせないことも、王宮に連絡して不合格にさせることも私達が頼んだら出来たでしょう。それなのにしなかった、それはなぜ?」
「………」
妻の問いは確認であって、質問ではなかった。俺に自分の気持ちから逃げずに向き合えと言っているのだ。
「私達は10年間も辛い目に遭っていたあの子を救えなかった。そのうえ5年前あの子の10年間も奪ってしまった。それが正解だったかどうか分からない。だから、これからはアンの人生はアン自身に決めさせようと5年前に言ったわよね。覚えているでしょう…。だからあなたはアンが応募したのを知っても動かなかった。あの子が自分で決めたことを尊重してあげたかったんでしょう?」
妻は真っ直ぐに私を見て目で問い掛けてくる。『このままで本当にいいの?』と。




