60.いざ報告
夕食時の家族団欒。
それぞれその日にあったことを面白おかしく話すのでいつも賑やかで笑いが絶えない。今もトム兄の失敗談で家族が爆笑している。
雰囲気良し、みんなの機嫌良し!
言うなら今だね、よしっ!
「あのね…」
私の一言に家族は一斉にこちらに顔を向ける。どさくさに紛れサラリと言うつもりだったのに注目を集めてしまった。失敗した…、だけど言うしかない。
「私、面接に合格したの。学校を卒業したら王宮の下っ端侍女として働きます!」
大きな声で元気よく宣言する。普通なら拍手が起こってもいいのに…。
「「「………」」」
家族全員口をポカーンと開き無言だ。こういう時の無言が一番辛い、居た堪れなくなるから。
…ほら誰か何か言って。
つまらない話でもいいから、ねっ!
私の願い虚しく誰も何も言ってこない。どうしようかとオロオロしていたら父がおもむろに席を立った。
「絶対に許さん」
と一言だけ残して部屋から出て行こうとする。慌ててその背に向かって話し掛ける。
「待って、確かに相談もなく決めちゃって悪かったわ。でも王宮だよ、お給料もいいし寮もあって食事だって付いてくる。それに身元が確かな人しか働いていないから安全なことこの上なし。良い働き口を見つけたって喜んでくれてもいいんじゃない?」
私にしては真っ当なことを言っている、『これでどうだっ!』という気分だ。
「王宮だけは絶対に駄目だ。働き口が見つからないなら薬師の仕事を手伝えばいい」
「それじゃ駄目なの、私は自立したいの。だって私もう21歳だよ、家を継がないのに家に居る年じゃないでしょう。心配しないでちゃんと出来るから。だってちゃんと面接に合格したんだよ、認められたんだから」
父の心配は10年間の記憶を失った私が世間でやっていけるかだと思い必死で説得をする。
それなのに父は『駄目だ』を繰り返すばかりだ。
「何が駄目なの?ちゃんと理由を言ってよ、納得が出来る理由を聞かせて!」
「そ、それは………兎に角、許さないからな」
口籠り理由を言わないまま父は部屋を出て行ってしまった。そんな父を追うように母も『後片付けお願いしていい?』と言いながらその場を後にする。
残ったのは私とトム兄とミンだった。
今日の両親はおかしかった。
温厚な父が理由もなく反対するなんていつもはない。母だって黙っているだけで父を諫めなかった。
それに私が困っていると兄やミンは普段なら私に助け舟を出してくれるけど、今日はそれがなかった。
我が家らしくなく、すべてに違和感を感じる。
むむ…、おかしい。
両親が話も聞かない。
あのシスコン兄妹が私を助けない?
絶対になにかある…。
チラッとトム兄とミンを見れば、いきなり鼻歌を歌いだし目を逸らす。これでは『怪しいです、隠し事あります』と自分から白状してるようなものだ。
後片付けをしながら頭の中で作戦を考える。
よし、トム兄にお酒を飲ませて聞き出そう。
父の取って置きのお酒を拝借し兄に『お仕事、お疲れ様~』と言いながらグイグイ飲ます。
一時間もすると兄は完全に酔っぱらっていた。
…よしっ、作戦通りだ。
でも私も一緒に酔っぱらってしまった。ミンに『アンお姉ちゃん、お疲れ様です』と言われてグイグイ勧められままに飲んでしまったのだ。
…見事に作戦失敗だった。
トム兄と一緒に爆睡し何も聞きだすことなく朝を迎えてしまった。情けないが仕方がない、6歳も年下のミンのほうが一枚上手だったのだ。
恐るべし、我が妹。
そして兄よ、一緒にミンを見習おう。
なんの進展もないまま翌日になったのだが、天は私に味方したのか事態は急転することになった。
なんと、あれ程反対していた父が王宮で働くことを条件付きで許してくれたのだ。
 




