51.決断①
宰相に連れられアンの家族が執務室へと入ってくる。
アンの父親に殴られた傷はもうすでにない、いやそもそも私の強靭な肉体はほとんど傷つかなかったのだ。だが父親の方はまだ両手に包帯が巻かれていて痛々しい姿をしている。
けれども私を睨みつける目は殺意が宿っていると言っていいほど鋭いものだった。それは当然のことで、他の家族も同じような目を向けてくる。
10年前に会った時に『娘をよろしくお願いします』と言っていた彼らは、温和で娘を心から愛し心配しているそんな良い親だったはずだ。そんな彼らをこんな風にしたのは他でもない私だ。アンだけでなく家族さえも追い込んでいる、この事実から目を背けることは許されない。
アンの父親が家族を守るように一歩前に出てくる。
「今日はなんで呼びつけた。はっ、娘を手離す決心がついたとでも言うのか?」
竜王に対して敬語すら使わず挑発するような物言いだが、誰も咎める者はいない。私を含め王宮側の者は誰もその権利を持ってやしないから。
‥‥みな加害者なのだ。
なんで呼ばれたのか聞かされていない家族が苛立っているのが伝わってくる。
呼びに行った宰相にも私が彼らを呼んだ理由は話していない。それなので彼らも勿論なぜ呼ばれたか説明は受けていない。
今日この場を設けたのは、彼らに謝罪し私がこれから行うことの了承を得る為にだ。アンを救うにはこれしかないと確信しているが、今度は独断で行うつもりはない。
間違えることはもう二度と許されないから。
アンのことを無条件で愛する家族の意見もちゃんと聞いてから最終的に決断するつもりだ。
…もうすでに私の決心は固まっている。これが最善だと信じているが…、すべて間違えていた私の考えだけでは動けない、不安が拭えないのだ。
今度間違ったらアンはこの世からいなくなり、手が届かない場所に行ってしまうかもしれない。
はっは‥は、‥何を言っているのか…。
一度もアンに手など届いてなかったくせに。
どんな選択をしても私がアンと本当の意味で、番になれる日はもう来ないだろう。
私は深く息を吸い込んでから静かに話し始める。
「今日は急な呼び出しにも関わらず来てくれ感謝している。まずは謝罪をさせてくれ。10年前から今に至るまでアンと君達家族を苦しめ続け本当に申し訳なかった。番なのにアンを幸せにしてやるどころか心さえも壊してしまった。謝っても許される事ではないと分かっている」
私の口先だけの謝罪を父親は受け入れてはくれない。
「今更だ…許しはしない、絶対にだ。番のくせにアンがあんなになるまで放って置いて何を言っている!謝って何になるんだっ、アンが元に戻るのか?あの10年間がなかったことになるのか?ならんだろうが、もう遅いんだ!それよりアンを私達家族の元に返せ!もうこんなところに置いておけん。目覚めて動かすことが可能になり次第連れて帰らせてもらうからなっ!」
完全な拒絶だった。だがそれは受け入れるべきもの、反論は出来ないしするつもりもない。
「‥‥アンは一度目を覚ましたが今はまた眠っている」
そう言ってからアンが目覚めた時の様子を偽ることなくすべて話して聞かせる。誤魔化したり曖昧な言葉を使ったりはしなかった、そんなことをしても意味はない。
残酷な事実を告げられ彼らの表情は怒りから絶望へと変わっていく。
「なんでだっ、なんでアンだけがこんなことに…。あの子は本当に甘えん坊で泣き虫だけどお転婆で良く笑う子だったんだ。お前なんかが番でなければ、良かったのに。そうしたら今でも元気に笑っていたはずなのに…。なんで俺はお前なんかを番というだけ信用してしまったんだ、あの時になんで…。は、は…は…父親失格だな」
父親は私を睨みつけながら頭を掻きむしり、母親はその場で泣き崩れている。兄と妹はお互いに抱き合いながら唇を噛みしめ涙を零している。
彼らが落ち着くのを待つべきだが、アンがいつ目覚めるか分からない今、その余裕はない。
だから非情にも話を続けた。
「アンの心は何年も掛けて蝕まれていった。つまり私と会ってから10年掛けて壊れていったのだろう。もう元に戻るのは難しいようだ…。このままではアンは目覚めたらまた命を絶とうとするだろう。‥‥だがそんなことにはさせない、絶対に。私はアンを治すことが出来ないが、アンの心を壊した10年間を取り除くことは出来る。もしアンが10年間の記憶を失っても、貴方達家族はアンを受け入れてくれるだろうか?偽りのない考えを聞かせてくれ」
家族が記憶を失い6歳に戻ったアンを心から愛し受け入れてくれるかどうか、それを私は確かめたかった。




