46.アンの叫び③
真っ青になった彼が慌てて話し出す。
「何を言っている!私から愛されていないっ?なぜそんな風に思うんだっ! いや違う、責めているんじゃない。ああ、そうだな…私がすべて悪かったんだ。怯えさせたくなくて、なにも伝えていなかったんだから。そう思われても仕方がないな…。アン、10年間も会えなかったのには理由があるんだ。不甲斐ない私は己を押さえられずに君を傷つけてしまいそうだった。だから君の傍から離れていた。君を守るために…。
愛していたから、傷つけたくなかった。
私はアンのことだけを心から愛している。今も昔も君しか愛していない、愛せない。嘘ではない、…どうか信じてくれ。いや…、すぐに信じなくてもいい。これからの私を見て判断してくればいいから。急がなくていいんだ。アンのペースに合わせるから、いつまでも待つから‥お願いだ…アン」
握り締めた拳を震わせ全身全霊で訴える竜王様におもわず縋ってしまいそうになる。首の包帯を咄嗟に触り痛みを自分に与え、自分勝手な醜い私を押さえつける。
あれを知らなかったなら私は信じただろう。でも私は知っているから、それが本心でないと分かっているから。あの優しい嘘を受け入れてはいけない、彼の為に絶対に受け入れない。
受け入れると言うことは彼が手に入れられる幸せを奪うということだ。
ねえ、そうでしょう…ワタシ?
ウン、ソンダネ、私。
「あっはははは………ふふふふっふ………」
笑いが止まらない。彼の演技はきっとそこらの役者より上手なのだろう。
「アン、どうした?いったいなにがそんなにおかしいんだ…」
不敬とも言える態度の私にすら、どこまでも優しい竜王様が憎く思えてしまう。いっそのこと突き放してくれたらいいのに、そうすれば綺麗なまま終われるのに。
優しさはときに残酷だ。
「ふふふ、だって…竜王様がおかしなことをおっしゃるから、くくく…。私、ちゃんと知っているんですよ。この獣人の耳でちゃんと聞いていましたから~。…ふふふ、本能に押し付けられた番に見向きもしなかった間も後宮には通ってましたよね。本当に楽しそうに…」
私は責めていない、ただ彼を解放してあげたいだけ。
竜王様は理性が本能に打ち勝って番である私ではなく愛する人がいる後宮を選んでいた。でも責任感から番を見捨てられない。
…お可哀想な竜王様。
私がちゃんと背中を押してあげますね。
それが私の幸せ…よね…。
ウン、ソウダヨ。マチガッテナイ。
「…っ、ち、違うんだっ!あれはそんなんじゃない!ただの仕事だっ、誤解させたことは謝る。だが私の気持ちはアンだけにしか向いていないんだ!信じてくれっ…」
「一年前くらいからこの耳は聞きたくもない声を私に運んできました。うふふ…竜王様は後宮の女性達の名を呼んでいましたよね、そして女性達はそれに嬉しそうに応えていた。それはもう楽しそうな声が離宮にいる私にまで届いていましたわ。あははは、……私は名さえ呼ばれず一度だって会いに来ても貰えなかったのに」
「‥‥‥‥っ、」
私がここまで知っているとは思っていなかったのだろう、だから彼は言葉に詰まり、必死に優しい言い訳を探している。
「竜王様は後宮で真実の愛を楽しんでいたのですか…、それとも探していた?私を傷つけるのが怖かった?あっははは、違うのでしょう、本能に押し付けられた番が嫌だったんですよね♪
あは…は…、ほん‥うは……悲しかった‥で‥。私だけの竜王様でいて…欲しかったのに。番だからと愚かにも…はっはは…貴方を望んでしま…った。
うっふふふ、、本当に私は愚かで、」
「あああーー、アン。違う、くそっ、そうじゃないんだ!なんてことだ…、君にそんな思いをさせていたなんて。本当にすまない…。言い訳にしか聞こえないだろうが、あれは仕事で君にそんな思いをさせているとは知らなかったんだ。知っていたら、すぐに止めていた。本当に私はアンのことだけが…。くそっ、どう言えば伝わるんだっ」
優しい嘘を吐き続ける竜王様…私の愛おしい人。
愛おしくて堪らない番の甘い声は永遠に聞いていたいけど、でもこれ以上偽りは聞きたくはない。そんな優しさはもういらないわ。




