44.アンの叫び①
竜王様が部屋に入り私がいるベッドに近づいてくる。近くまで来ると彼の息が少し荒いのが分かった。どうやら私の目覚めの知らせを聞いて急いでここに来たみたいだ。
…少しは私のことを気に掛けていてくれたのだろうか。
竜王様の気持ちを知りたいけれど、その表情からは彼の気持ちを読み取ることは出来ない。『安堵?喜び?後悔?…』いろいろな感情が複雑に入り混じった…そんな顔をしている。
それもそうだなと思った。
だって竜王様は今とても複雑な気分に違いない。
偉大な王でお優しい人だからあんなことをした私のことを案じ、命が助かったことを喜んでくれてはいるだろう。
その気持ちは嘘ではないだろうけど愛情ではなくただの情でしかなく、私が求めている狂おしいほどの愛とは違う…。
私の想いは一方通行でしかない。
竜王様にとって私は目の前で喉を切り裂いた馬鹿な女でしかないし、私の存在自体が彼の幸せの邪魔をしているのも事実だ。
優しい彼を更に苦しめていることが辛い…、早く彼を解放してあげたい。
竜王様の顔を見ることが出来ずに俯いていると彼のほうから話し掛けてくれた。
「アン、目覚めたのだな。本当に良かった。首の痛みはまだ酷いのか?そうだな、あんな酷い怪我を負ったんだすぐに良くなるはずはない。無理はせずにゆっくりと治していこう」
どこまでも甘く優しい言葉に私はやるべきことを忘れてしまいそうになってしまう。
どこまで私は愚かなのだろう…。
番という存在に無理矢理縛られているだけの彼がもしかしたら私を愛してくれているのではないかと都合よく錯覚をしてしまう。
そんなはずないのに…。
だって彼は獣人の本能より理性を取った人だと知っている、この耳でちゃんと聞いたから知っている。…知らなかった頃には戻れない。
ふふふ…、馬鹿な私。
彼の優しさに縋りつこうとまだしているわ。
…ふっふふ、おかしいな…。
笑いが止まらないわ、……あはは………。
「ふっ、ふふふふ………」
竜王様の前なのに愚かな自分自身を嘲笑うのを押さえることが出来ない。
そんな私を彼は心配そうな顔で見つめてくる。その表情は心からのものに思えて、また勘違いしそうになってしまう。
私はどこまで浅ましい女になったのだろうか…。
「どうしたんだ?なにがおかしい?何かあるのなら言ってくれ。私はこれまで分かっていなかった、なにひとつ…。アン、今まで本当にすまなかった。…私が愚かだったばかりに辛い思いをさせてしまった。
これからはちゃんとアンと向き合いたいと思っている。何も押し付けたりなどしない。
だからアンと番として一緒に生きていくことを許してくれないか。
どうか償う機会を私に与えてくれ」
彼は私の目を真っ直ぐに見て、『すまなかった』と謝り『一緒に生きたい』と懇願している。
…これはなんだろう?
偉大な竜王様である彼がなぜ私なんかにこんなことを言うのか分からない。私は『拒絶された番』のはずなのに…。
竜王様の甘い香りのせいだろうか…、心が掻き乱され思考が止まりそうになる。ちゃんと彼の真意を考えなくてはいけないのに、『考えてはいけない』と心が警鐘を鳴らしているようだった。




