43.アンの目覚め
心地よい静寂のなかをたったひとりでゆらゆらと漂っていた。ここがどこかも分からないけど淋しくなんてなかった、どこからか優しい声が聞こえてきていたから…。
それは番である竜王様の声だったり、あるいは10年前と変わらない懐かしい家族の声だったりした。
とても心地よい声に心が弾む。
ふふふ…、いい夢だわ。
竜王様があんな優しい声で話し掛けてくれるなんて。
それに『ちび』ってお兄ちゃんが呼んでいるわ。
『アンお姉ちゃん』って…誰の声?
まさかミンが言ってくれているの?!
神様が『番の幸せ』を叶えた私に死後の世界でご褒美をくれたんだなっと思っていた。
…これは現実じゃない。
だって番である竜王様が私にあんなに甘い声で話し掛けることはなかったし、家族が以前と同じにように接することもなかったから。
だからこれは神様からの特別なご褒美で間違いない。
私は自分のやったことが誇らしくて心から満足していた。
『番』を幸せに出来たなんて、最高の気分だ。
死後の世界でこれからどうなるか分からないけど、あとは自然に任せて何も考えずにいればいい。
やっと訪れた平穏は久しく感じたことがなかった安らぎを私に与えてくれていたから、兎に角このままでいたかった。
……このままがいいな‥このままが…。
それなのに…慌ただしい声が心地よい世界から私を無理矢理に引きずり出そうとしてくる。
やめて…、ここに居たいの。
もう…嫌なの…。
ううん、そうじゃない。
私がいると駄目なの…誰も幸せになれないから。
『番様、番様………』という声が止むことはない。
私がそっと目を開けると、そこには見知った顔が並んでいた。それは離宮で仕えてくれていた侍女達と医師達だった。
どうやら私は失敗してしまったようだ。
番を幸せに出来ていなかった…、その証拠に私はまだみっともなく生きている。
周りは涙を流して喜んでいるようだけど、私がそれに応えることはない。
心配気に話し掛けてくる医師の声が聞こえてくる。どうやら眠っている間にせっかく潰した耳も治癒してしまったらしい。少し前よりは聞こえが悪いけど、それでも普通よりは聞こえている。
何も反応がない私を医師が心配してくれている。
話し掛け続ける医師を無視するのも悪いので少しだけ頷くと、医師だけでなく侍女達も安堵の表情に変わる。
私が聞こえているのが分かったので医師は今の状況を簡単に説明してくれた。
重傷なので暫く安静にしなければいけないこと、耳も治ること、そして幸いなことに後遺症もないこと。つまり何もしなければ、このまま生き続けてしまうということだ。
…っ、これからも生き続けるの。
このままじゃ死ねないの…?
途中から医師の言葉は耳に入ってこなかった。
心を占めるのは『番の幸せ』を邪魔している愚かな自分の存在だ。
完璧だったはずなのに何がいけなかったのか。
番に対する想いが足りなかったのか。
だから失敗してしまったのか。
自分の過ちが分からない。…次の為にちゃんと考えなくてはまた同じ間違いを犯してしまう。そんなことは絶対に駄目だ、私は番を幸せにするんだから。
周囲の呼びかけに反応することなく考え事に集中しているといきなり扉が開いた。
そこには番である愛おしい竜王様が立っていた。
一瞬で空気が変わり、甘い香りに引き寄せられてしまう。我を忘れて抱き着きたい衝動に駆られるが、首の痛みが辛うじて私に理性を残してくれていた。
 




