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幸せな番が微笑みながら願うこと  作者: 矢野りと


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40.家族の後悔~兄視点~②

アンが微笑みながら近づいて来て俺達家族に型通りの挨拶をする。


「今日はお忙しいなか婚姻の儀に来ていただき有り難うございます。それに今までいろいろとお心遣い有り難うございました。お陰様で本日無事に婚姻の儀を迎えられます」


そう言うアンの表情はいつもより輝いていた。

なんていうか…会う時はいつも微笑んでいるんだけど、それとは違っていた。


『何の迷いもない笑顔ってこういうもんなのかな…』って思うくらい心からの笑顔が眩しかった。

番に巡り会っていない俺にはよく分からない感覚だが、『番』って本当に凄いなと思った。



そんな幸せそうなアンの言葉はどこまでも丁寧だった。家族を感じさせる言葉がその口から出てくることはまだない。家族しかいないのに、どうして…と悲しくなる。



 『お父さん、お母さん、お兄ちゃん』って言えよ!

 今は俺達しかいないんだから。


 番様じゃなくただのアンになれよ。

 なあ、アン。

 …言ってもいいよな。

 俺はちびの兄ちゃんなんだから。




俺が言う前に待ち切れない父さんと母さんが先に話し掛ける。


「おめでとう。本当に綺麗だな、幸せになるんだぞ」


「いつのまにか子供じゃなくなったのね。ふふふ、素敵な花嫁さんだわ。世界一幸せになるのよ」


両親が打ち合わせ通り『番様』とも呼ばず、普通に話す。それは10年前と同じ話し方で、この後はアンと親子の会話になるはずだった。


そのはずだったんだ……。


だがアンは嬉しそうに微笑んでいるだけで、会話が続くことはなかった。



今度は俺が名前を呼んでみる。心の中で『頼む、ちび』と祈りながら…。


「アン、おめでとう!ちびだったお前が花嫁なんて信じられないな~。王宮での生活に肩が凝ったら、偶にでいいから家に息抜きに帰ってこいよ」


以前のように兄として軽い調子で声を掛けた。

アンが自然に答えられるようにしたつもりだった。


 ほら、ちび。どうしたんだ?

 なんか言えよっ、なんでもいいから…。

 ちびじゃないって怒ってもいいから。

 

 …頼む、なにか言ってくれ。

 番様じゃなくてアンとして話してくれ…。




それなのに期待した答えは…返ってこない。


なにも反応がない。


『アン』にも『ちび』にも…。


なんにも……だ。


そこには眩しいほどの笑顔だけがあった。

…それしかなかった。


 俺が欲しかったのはそれじゃないっ。

 違うぞ…アン。

 兄ちゃんはな…またお前に…。

 『お兄ちゃん』って呼ばれたいだけなんだ!


 それだけなんだよ…、それだけ…。



どうすればいいのか分からずに俺と両親は笑顔を張り付けたまま何も言えず動けないでいた。


アンは受け入れてくれ、今頃笑い合いながら抱き合っているはずだった。


こんな結果になるなんて考えてなかったから。

受け入れられなかったことがまだ信じられない…。



「最後に会えて嬉しかったです。皆さま、お体にお気をつけて末永く幸せにお過ごしくださいませ」


そう言って丁寧に頭を下げてからアンはもう用は済んだとばかりに扉へと進んで行く。


そんなアンに俺も両親ももう声を掛ける気力なんてなかった。歯を食いしばり立っているだけで限界だった。



堪らずにミンがアンの背に向かって声を掛ける。


「アンお姉ちゃん待って!待ってよ。お父さんもお母さんもお兄ちゃんも前みたいに戻りたいんだよ!アンお姉ちゃんがいない家族は淋しいの、前みたいに仲良くしたいだけなの。私だってそうだよ、アンお姉ちゃん…お願い待って…」



泣きながら必死にミンが呼び掛けるが、姉であるアンが振り返ることはなかった。


アンが扉に手を掛けると外で控えていた人達がさっと扉を開き、『さぁ番様お急ぎくださいませ』と言いながらアンを囲むように連れて行ってしまった。


…アンは一度も振り返らなかった。



残された俺達は目の前で起こったことが呑み込めなかった。


茫然と立ち尽くしていると、案内の文官がやって来た。


「大広間ですぐに婚姻の儀が始まります。前の方に席をご用意していますのでそちらにご移動をお願い致します」


淡々と話す文官に促され部屋を後にする。


前日の淡い期待は粉々に砕け散り、婚姻の儀が行われる大広間の席に着いても、家族は誰も口を開かなかった。


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