37.衝撃の事実①
それは誰も考えてもいないことだった。
『人の感覚と姿』を持つ番であるアン。これは大前提であって、今まで疑うことなどなかった。
なぜならアンが獣人よりの感覚を示したことが一度もなかったからだ。それは王宮だけではなく家族と暮らしていた時もだ。
獣人として微かな身体的特徴もなく、番である私に会っても惹かれ合う事もない。
これは生まれ持ったものだから変わることはないと言われている。
成長と共に変わることも極々稀にあるようだが、その変化も変化と言えないような些細なものだというのが通説だ。
だからその変化を気にすることもない。
今までなら第三者がアンの感覚について問うても一蹴して終わっていただろう。だが、騎士見習いの少年に今そう問われると私の中にある確信が揺らぎ始める。
それは周囲の者達も同じだった。
少年の問いを聞きざわつく執務室。
自分達が信じていたことが思い込みで、すべて間違いだったと教えられた後だからこそ、この反応も当然だった。
だが誰も少年の問いに対する答えを持っている者はいなかった。
だからなのか医師は前に出て皆が既に知っている事実を大きな声で強調するように告げる。
「番様が『人の感覚』をお持ちだからこそ竜王様に番として惹かれることがなく、竜王様は狂気に陥る危機に面したのです。それに生まれながらに『獣人の特徴はない』とご家族からの確認も取れております。だから、番様が人に近いのは間違いようがない事実です」
しかし少年はそれに臆することなく自分の考えを話し続ける。
「うーん、だけど番様には微かに獣人の血が流れているんですよね。微かってゼロじゃない。
感覚って本人だけのものじゃないですかー。特に番の感覚なんて惹かれ合う感じ方も本能の強さでそれぞれ違うみたいだし。実は僕も最近番が見つかったんですよ。最初は全然分からなかったけど、純血の番の影響なのか最近は『これが番の感覚なのかなー』って感じるんです。
僕って猫獣人の血がちょっとだけ流れているんですけど、今まではその特徴はゼロでした。それが最近妙に身体が軽いんですよ、特に何もやっていないのに。家族に言っても『気のせいだ』『幸せボケだ』って言われました。そう言われたら反論する証拠なんてないんですけど、僕は違うかなぁって感じています。
なんか眠っていた獣人の血が少し目覚めたのかなって。そんなことは聞いたことはないけど、僕の感覚ではそうなんです。上手く言えないけど、僕がこうだから番様もって思って、」
少年が話し終わっていないのに医師は身を乗り出し質問をする。
「き、君のその感覚はいつからなんだ!具体的に教えてくれ!それに番は純血の獣人で間違いないのか、どうなんだ!あ、あと、なんの獣人なんだ?」
「えーっと、番に会ってから半年くらいしてからかなー。それに僕の番も竜人の純血ですよ、珍しいでしょう」
「『人の感覚の番』と『純血の竜人の番』。まったく正反対な二人。番様と竜王様と共通点が多いが…。
眠っていた本能が引き出される…相手によって?何かに反応したのか…?いや、今までそんなこと聞いたことがない。前例がない。やはり彼の気のせい…なのか。いやでも、感覚は本人にしか分からないし…もしかして…」
医師はブツブツ言いながら腕を組み難しい顔をしたまま宙を睨んでいる。
「それでどうなんだ!アンも彼のように感覚が変化したり身体的特徴が変化したりしていたのか!そういう兆候が僅かでもあったのかっ!」
もしやアンも番として私に惹かれてくれていたのか!
それならアンはいつから…。
なぜそれを言ってくれないんだ?
逸る気持ちが抑え切れず、声を荒げて医師に問い掛ける。
「竜王様、お待ちください。少年の話はあくまでも彼個人の意見です。彼の言う通りかもしれませんが、周りが言っているように彼の勘違いかもしれません。番に惹かれる感覚も普通の恋愛愛情の芽生えのようなものかと。瞬発力が明らかに前と違うという話ではなく、身体が軽くなったとか曖昧ですし。
それに番様を定期的に診察しておりましたが、特に変化はありませんでした。ご本人からもそのような訴えはありませんでしたし、お世話をしていた侍女達からも変わりはないと聞いております。番様の人の感覚を彼の話だけで否定するのは、いささか乱暴すぎるかと思います」
医師は少年の突飛な話を最後には否定した。
この話はこれで終わりかと思った時、一人の侍女がワナワナと身体を震わせ始めた。
「…あ、あ、あの時…わ、たし…」
必死になにかを話そうとしているがまともに話すことが出来ないようだ。
身体の震えだけではなく、目も血走り、明らかに普通ではなかった。
 




