34.残酷な真実③
執務室は重苦しい雰囲気に包まれる。
先ほどの料理人の指摘によって明らかになった事実はなにも侍女達だけに起きていた事ではなかった。
護衛騎士をはじめアンに関わっていた者はすべて選び抜かれた優秀な者達。
何も問題ないはずはなかった…。なぜなら立ち位置が獣人なのだから。
みな多かれ少なかれ自分が犯した過ちに気づかされ、唇を噛みしめ苦悶の表情を浮かべている。
みな『番様のために』と行動していた気持ちに嘘はないのだから…。
だがこの中で一番酷い顔をしているのは私だった。
なぜなら愛おしいアンを追い詰めた元凶は私に違いなかった…。
彼らに指示を出していたのは私で、彼らの行動もちゃんと把握していた。
報告書にはアンと彼らの行動は正しく記されており、誤魔化しなどは一切なかった。隠さなければいけないことなど彼らの中ではなかったからだ。
そしてそれを読んで問題ないと最終的に判断を下し、現状を維持させていたのは紛れもなく愚かな私だった。
番であるアンを誰よりも大切にしているつもりだった。
アンは幸せに暮らしていると信じ疑わなかった。
何もかも都合よく獣人の感覚で勝手に思い込んでいた過去の自分を殴りつけたい。
アンの心を置き去りにしていたくせに『アンの幸せを優先にしろ』と臣下達に命じていた。
馬鹿な男だな、私は…。
『番』と結ばれることは至上の幸せという獣人の常識に縛られている私は、人であるアンも番なのだから私と結ばれたら分かってくれるはずだと甘く考えていた。幸せにする自信があったから、この狂おしいほどの想いも最終的に番として分かち合えると。
呆れるほど一方的だった。
実際はアンの本当の気持ちを考えることなく『獣人なら番は絶対だ』という考えのもと彼女を鎖でがんじがらめにしていただけ。
身体だけでなく心までも…。そこに自由はなかった、あるのは豪華な生活と偽りだけ。
アンは10年間も苦しみ続けたのだろうか。
すまない、アン……。
本当にすま‥ない…。
こんな状況で私への愛なんて育つだろうか?
やはり…それも勘違いだったのか…。
慕うどころか嫌悪されても仕方がない。
ふっ、これでは好かれるなんて虫のいい話だ。
これは自分を押さえられず、番と向き合わなかった罰なのか。
アン、君はだから死を選んだのか……。
アンの気持ちが少しだけ分かり、自分の罪を自覚する。
絶え間なく襲い掛かる後悔と苦痛。
だがそれと同時に浮かぶ疑問。
『どうしてあの時に愛の言葉を私に残してくれたんだ?』
あの言葉があるからこそ今、私はこうしてここにいることが出来ている。
なぜ、あの言葉を私に言えたんだ?
こんな私にどうして…。
アンを追い詰めたのが原因が分かっても疑問はまだ残り、自分がまだアンを理解できていないことに苛立ちが募る。
ガゴッン、バキ、バキッー!
握り締めた拳を目の前の机に叩きつけ、無残に机は砕け散る。こうでもしなければ叫びたい衝動を抑えることが出来なかった。
ギリッリ…。噛みしめた唇から血が滲み出る。
誰もが黙り込みながらも、私の動向を気にしている。
今はすべてを知ることが重要だ。
受け入れ難い事実でも真実から目を背けては意味がない。
今は後悔という傷を舐め合って感傷に浸る時などではない。
そんなのはアンの為にではなく、またしても自分の為だ。
今こそ自分達の都合の良い真実を見つめ直さなければ…。
知りたいのはアンが見ていた真実だ。
知らなければ再びアンを失うだろう。
駄目だそれだけは…。
深く息を吸い周囲の者達の顔を見つめて話す。
「まだ知らない真実がきっとあるのだろう。
私達が見ていた真実ではなく、アンの真実を知りたい。…知らなくてはならないんだ。
何でもいい。気がついたことがある者は話してくれ、頼む」
竜王という身分になってから一度も下げることがなかった頭を深々と臣下達に下げる。
今の私は竜王ではなく最愛の人に必死に縋りつく馬鹿な男でしかなかった。




