21.婚姻の儀
今日は番である竜王様と婚姻を結ぶ日、そして願いが叶う日でもある。10年ぶりの対面に胸の高まりを押さえられない。
番を求める渇望と目の前まで迫った願いを叶える瞬間に対する期待が混ざりあい不思議な高揚感を与えている。極上な果実酒で酩酊しているかのようなふわふわした気持ちがなんとも心地いい。
朝から侍女達は忙しく走り回っている。でもその表情はどこか誇らしげで楽しそうだ。
その様子に私まで嬉しくなり、自然と笑顔になる。それを見て髪を結ってくれている侍女が話し掛けてきた。
「緊張していないようで安心いたしました。結婚式当日の花嫁は緊張して笑えない方も多いのですよ。番様は幸せが滲み出ていますね」
「ふふふ、だって幸せですもの。この日をずっと待ていたんですもの。今日、私の願いがやっと叶うわ」
そう答える私は番と結ばれることを心の底から喜んでいる花嫁にしか見えないはずだ。
「そうですね、やっと竜王様と正式に結ばれますものね。本当にお目出度いことですわ」
侍女の最後の言葉に対して返事はせずににこりと笑顔を返すだけにする。
最後の日に嘘を吐くことはしたくなかった。
そんなことをしたら、この素晴らしい日の汚点になってしまうから。
この日だけは最初から最後まですべて完璧にしたい、晴れの舞台なのだから。
すべての仕度が終わった。侍女達が一生懸命着飾ってくれたお陰で今日の私はいつもよりも輝いて見える。
この素晴らしい日に相応しい姿に満足をする。
この後、竜王様が離宮に私を迎えに来て一緒に王宮の広間へ行き、そこで婚姻の儀を行う予定になっている。
すべては順調で問題はない。
だけれども念には念を入れておきたい。
間違っても竜王様を前にして自分の番を求める本能を優先してしまったら大変だ。
それでは駄目。
誰も幸せにならないから。
惨めったらしく竜王様に縋りつき彼の幸せを邪魔する私を想像し身震いする。
それでは竜王様に最高の贈り物『私の死』を贈れなくなる。心は決まっているが、念のために自分の獣人としての能力を封印しておくことにする。
だってこの耳で竜王様の声を直接聞いたらどうなるか…。
自分を保てる自信がないわ。
「少しだけ一人にしてくれないかしら?」
周りにいる侍女達にお願いすると
「そうですね、今くらいしかお一人になれませんからね。なにかあったらお声がけくださいませ」
と言って快く部屋から出ていってくれた。
バタン…。
扉が閉まるのを確認してから素早く身近にあった細長い棒を手に取る。
『さようなら、いらない私の耳』
ブスリッ…、ブスッ…。
迷うことなく両耳に棒を突き刺し鼓膜を破る。
激しい痛みが耳を襲いうめき声が出そうになる。慌てて近くにあった布を歯で噛みしめて声を押し殺す。思っていた以上の痛みはあるけれども最高の気分だった。
これでなにも聞こえないわ、ふふっ。
きっとこれなら大丈夫。
竜王様に会っても少しの時間だけならなんとか耐えられる。
なんとか痛みに耐えながら笑顔が作れるようになると、いきなり侍女達が部屋に入ってきた。
慌ただしく動いているけれども部屋は不気味なほど静かなままだ。
私の耳は完全に聞こえなくなっていた。
耳が聞こえない事を気づかれないように注意深く皆の動きと口元を観察する。もともと口数は少ない方だから、微笑んでいたら短時間だけなら乗り切れるはずだ。
なにやら侍女達は興奮した様子で何かを言っているので頷きながらいつものように微笑んでおく。
すると一人の男性が部屋へと入ってきた。
その瞬間、部屋の空気が変わった。甘く切ないほどの感情が沸きあがり、彼から目を離すことが出来ない。
『私の愛おしい番だ』
侍女達の声が聞こえなくてもこの引き寄せるような甘い感覚で分かる。
あぁ…やっと…会えたわ。
愛おしい人、私の唯一。
抗えない魅力に我を忘れてしまいそうになる。
でもなんとか耐え忍ぶことが出来ているのはこの潰した耳とその痛みのお陰だろう。
多幸感に引きずられそうになるが、激しい痛みが私を現実に戻してくれる。
私は計画通りにいっていることが嬉しくて自然と笑顔になると、目の前の竜王様も笑い返してくれた。
この笑顔が『私の願い』を後押してくれているような気がした。
 




