19.壊れた番①
視線を宙に彷徨わせながら意図せずに吐き出してしまった心の声。
「……寛大な王でなくて良かったのに。番である私だけを大切にしてくれる人だったら……、良かったわ。そうしたら私は…」
誰かに聞かせたかったわけではない。ただ一睡もできずに朦朧としている私は望みを言葉という形にしてしまった。
出てしまった言葉はなかったことには出来ない、周りにいる侍女達にしっかりと聞かれてしまったから。
そして次の瞬間、私のささやかな望みは周りから全否定された。
「番様、あんなに寛大な竜王様を否定されてはいけませんわ」
「番に執着し他の人を虫けらのように扱う愚かな獣人も稀にいるのですよ。番様だけでなくすべての民にお優しい竜王様の番になった幸運を喜ばず、『自分だけを』というなんて我が儘というものです」
「どうかそのようなお考えはお捨て下さいませ」
優しい口調だけれども、私の考えを我が儘と決めつけ改めさせようと何度も諭される。
彼女達は私が昨夜なにを知ったのかを知らない。私が兎獣人の聴力を持ったことを教えてないのだから当然だ。
でも彼女達はきっと昨夜私が知ったことを知っていたはず…、ずっと前から。
知らないわけがない。
知らなかったのは私だけ…、番である私だけ。
『大切な番様』になんの意味があるのかしら?
ふふふ…、何も知らない知らされない。
大切にするって、無知でいさせることなの…。
最初は彼女達の言葉に心の中で反発した。
『私は番が何をしているのか知っているのよ、あれを寛大だと言うの?違うでしょう、あれは裏切りよ』と。
でもたくさんの侍女達に囲まれ繰り返される『番様は間違っておりますわ』という呪詛のような言葉はいつしか私の心の奥底まで沁み込んでいった。
どこまでも竜王側に寄り添った侍女達。正しいことを優しくとても辛抱強く、『番様』である私に教えてくれる。
善良な彼らに囲まれているだけなのに、じわりじわりと心が悲鳴を上げて来る。
何が正しくて、何が間違っているか曖昧になってくる。
…そうね、私が悪かったわ。
自分のことしか考えない醜い私。
心が狭く辛いと嘆くだけの私。
間違っているのは…私だけ。
だって、後宮にいる女性達は竜王様を慰めているじゃない。
竜王様は彼女達には話し掛けていたわ。
私には会った時の一度だけしか話し掛けていないのに。
そうか…竜王様は今幸せなんだわ。
番である私がいなくても…幸せなのね…。
いいえ、いない方が幸せなのね。
嫌な考えがぐるぐると頭の中を占めるようになる。
私は微笑みながら侍女達に『分かったわ、ごめんなさいね』とだけ告げると自室で一人になる事を望んだ。
侍女達は反省した私の言葉は否定せずに、部屋からそっと出ていってくれた。
 




