第3話 不愉快なティータイム
級友からこっぴどく扱き下ろされたルーシーは、真っ赤な顔で肩を震わせていた。ブルネットの髪と同じ黒曜石の瞳にはうっすらと涙が溜まっていて、レティシアは焦る。自らの発言が招いた事態なのだ。とにかく訂正しなければ。
「あの、わたくしはそのような意味で発言をしたわけではなく――」
「レティシア様といえば、先だっての成績、素晴らしいものでしたわね。首席にレティシア様の名が載っていた時は、驚きましたわ」
話題がズレたのは、僥倖なのだろうか。それとも誤解を解く機会を失ってしまったのか。下手に話題を戻してまた矛先がルーシーに向いたら、目も当てられない。レティシアが葛藤する間も会話は進んでいく。
「私の姉がウィリアム様と級友なのです。その姉から聞いたのですが、レティシア様はこれまで極度の緊張から試験で本領を発揮できていなかったとか。繊細で、人と話すのに消極的なのはそのせいなのでしょう?」
「あら、そうなの? 私てっきり、レティシア様は狭い交友関係を好んでいるのかと思っていたわ」
彼女たちの中で、レティシアの人物像がどんどん出来上がっていく。繊細どころか、レティシアはこれまでの人生で緊張というものを経験した覚えがないのだけれど。レティシアの評判が落ちないよう、ウィリアムが気を回して尤もらしく語ってくれたのは察せたので、相槌は打っておくが。
「私、密かにレティシア様に憧れておりましたの。この機会にお友達になれたら嬉しいですわ」
キラキラとした瞳に見つめられて、レティシアは目を丸くした。近寄り難い令嬢という印象が先行して交友関係を広めるのに苦戦しているレティシアだから、彼女の申し出は心弾むもの――そのはずなのだが。
感じたのは喜びよりも胃が重たくなるような、もやもやだ。
別の女子生徒が、弾んだ声で言う。
「私も、以前からレティシア様とはお話ししてみたいと思っておりました。でもほら、レティシア様はメリルと親しいでしょう? そのせいで、気兼ねしてしまって」
脈絡なくメリルの名が挙がって、レティシアは首を傾げる。メリルと親しいことが、なぜ気兼ねさせてしまうのだろう。
「金で爵位を買った成金の娘に近づいたことが家族に伝わったら、叱られてしまいますでしょう? ですから、レティシア様とお近づきになりたくても、なかなか……」
「アルトリウス家は隣国ケネスの姫君の血が入った名門。お付き合いする友人を選ぶべきではないかと、心配しておりました」
――なるほど、と。
レティシアは納得した。もやもやの原因を特定できたからだ。疑問が解消できてスッキリしたので、レティシアは姦しい級友たちに微笑みかける。
「わたくし、入学が決まった際にある決意をしましたの」
脈絡のないレティシアの発言に、彼女たちは口をつぐむ。戸惑ったように揺れる三人の瞳を順に見つめて。
「人生で初めてのお友達は、自分の力で見つけよう、と」
王太子の婚約者。同世代の貴族の子息令嬢が一人として会ったことのない、アルトリウスの秘蔵っ子。
色んな噂が先行して入学初日から腫れ物のように扱われていたレティシアに、一番最初に声を掛けてくれたのがメリルだ。移動教室の場所がわからなくて右往左往するレティシアを、ぶっきらぼうな態度で導いてくれた。
そんな彼女に、レティシアは人生で最大級の勇気を振り絞って言ったのだ。
わたくしのお友達になってくれませんか、と。
「見る目のある自分に感心しますわ。あなた方の誰にも声を掛けなかった過去のわたくしを、褒めてあげたいです」
「な……っ」
気色ばむ彼女たちを、レティシアは冷ややかに見据えた。
愛想よく振る舞うのはレティシアにとって至難の業。だが、逆なら簡単だ。凍てついた眼差しに、三人は怖気づいたように顔色を悪くする。
角が立たない程度に優しく窘める。レティシアの立場ならそれが正しいやり方だし、ウィリアムならそうする。わかっていても、口から飛び出す皮肉は抑えられなかった。
「思いやりを持たない者が、立派な淑女を名乗ることはできません。育ちの確かな皆さまですのに、友人を悪し様に言われてわたくしがどう思うか――なぜ察せないのか、理解に苦しみますわ。育ちが違うからなのでしょうか?」
「………」
先ほどまでの姦しさが嘘のように、令嬢たちは沈黙する。
レティシアはもう彼女たちを見なかった。紅茶には手をつけられないので、クッキーに手を伸ばす。
薔薇の香りが漂う温室は華やかな笑い声に包まれているが、テーブルには気まずい沈黙が流れ続けていた。レティシアは特に気にしなかったけれど。
ふと、視線を感じて顔を上げる。ルーシーが凄まじい形相でレティシアを睨んでいた。目が合うと、彼女はふいっ、と視線を外す。
――ハーネット男爵令嬢には、後で謝罪しないと。
他愛ない嫌がらせの動機は、レティシアに非がある。恥を掻かせたことも含めてきちんとお話ししようと、レティシアは心に決めた。