第2話 悪役令嬢の素質
週始めの午後は、二クラス合同の特別授業から始まる。女子生徒は薔薇温室で社交性を養うためのお茶の時間。男子生徒は剣術の授業だ。
お茶の席は毎週ランダムで決まるのだけれど、今日のレティシアのテーブルは奇遇なことにハーネット男爵令嬢と一緒だった。
同じテーブルには他に三人の女子生徒がいて、誰が紅茶の用意をするか話し合った結果、ルーシー・ハーネットが淹れることに決まった。彼女が率先して立候補したのだ。
ルーシーからカップを受け取り、口を付けたレティシアは、予想外の味にむせかけることとなった。
紅茶はもの凄く苦かった。舌が感じたのは、紅茶特有の渋味ではない。
(これは、何の味でしょう? 強烈に苦い風邪薬、かしら?)
舌を抉るような苦味は、高級茶葉の風味を一切感じさせなくなるまでに強烈だった。
戸惑いながら周りの反応をそっと窺うと、彼女たちは気にした様子なく紅茶を飲み、和やかに会話をしている。レティシアの紅茶だけが少々特殊みたいだ。
朝のメリルの台詞が蘇った。
『気をつけたほうがいいわよ。ハーネット男爵令嬢が、レティは他の生徒を見下していた性悪だってご立腹よ』
この紅茶はつまり、そういうことなのだろうか。
なんだか、メリルがよく読んでいるロマンス小説みたいな展開だ。物語では嫌がらせする側は身分の高いほうがお約束だけれど。
そこまで妄想してから、レティシアはハッとする。
そう。レティシアは公爵家の娘。おまけに王太子の婚約者。ルーシーは男爵令嬢。反感を抱いているからといって、これだけの身分差があって嫌がらせなんてするだろうか。
いくらなんでも、無謀過ぎる。
何かの手違いだろうと結論づけ、そっとティーカップをソーサーに置くと。
「お味はいかがですか、レティシア様?」
意地悪く微笑むルーシーに、レティシアはびっくりした。
混じり気のない嫌がらせで間違いないみたいだ。となると、疑問が湧く。ルーシーはどうやってレティシアの紅茶に細工を施したのだろう。彼女の動作に誰も疑問を抱いたりしなかった。
物凄い才能だわ、とレティシアは感心する。
「ルーシー様は、とても器用なのですね。わたくし、驚いて言葉を失ってしまいました」
お茶の時間は名前で呼び合うという規則があるので、レティシアは慣れない呼び方と共に素直な感想を口にした。
すると、勝ち気そうなルーシーの瞳が見開かれ、クスクス、と。他の生徒たちが笑い出す。
「言われているわよ、ルーシー。貧乏貴族のハーネット家の出じゃあ、まともな教育なんて受けられるはずないものね。お茶一つ満足に淹れられなさそうと思われてしまうのは、仕方がないわ」
「男爵令嬢なのに推薦ではなく、試験を受けての入学。おまけに特待生扱いで学費を全額免除されているのですもの。レティシア様のお考えは自然でしてよ。育ちが違い過ぎね」
嘲笑われたルーシーは真っ赤になった。憤りの孕んだ瞳で睨まれてしまう。会話が意図しない方向に解釈されて、レティシアは居た堪れなくなった。
客観的に見て、これはレティシアがルーシーをいびっている構図なのでは。言葉選びがあまりに不適切で、申し訳なくなる。
わたくし、物語でいうところの悪役令嬢が向いているのかもしれません……。
ウィリアムが天然で悪女と評したのは、こういう意味だったのかと、レティシアは愕然とした。