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【書籍2巻発売中】わたくしの婚約者様はみんなの王子様なので、独り占め厳禁とのことです  作者: 雪菜
第三章

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第43話 問われる処遇

 強制的に伯爵が退室させられる様を見送ってから、ウィリアムが気遣わしげに王妃を見やった。

 

「母上。モーガン男爵の身柄は……?」


 状況的に、宝物庫から短剣を盗んだ犯人はランドール伯爵なのだろう。モーガン男爵は伯爵によって濡れ衣を着せられたということになる。だが、アデラインは彼を御前裁判で罪人と断じ、拘束させていた。

 

「伯爵の油断を誘うために大々的に拘束してみせたけれど、その後は直轄領の屋敷に匿っていたの。ランドール伯爵が自白すれば、彼の無罪は証明され、大手を振って出歩けるようになるわね」


 あの裁判は真犯人を炙り出すための演出だった、ということ。

 

「モーガン男爵には事前に承諾を得てのことよ。冤罪を己で晴らす頭脳を持たない彼は、一時的に犯罪者の汚名を被ろうとも、協力するしかなかったのね。一部の上位貴族にも事情を説明してあったから、王室が批判される恐れもないわ」


 非情。


 だが、効果的な一手であったのは間違いない。


 モーガン男爵が大々的に拘束され、伯爵は自身の策が見事に嵌ったと得意満面で、娘を後宮にと要求してきたのだから。そして、王妃に付け入る隙を作ってしまうこととなった。


(お父様の策なのでしょう……)


 合理的な父の性格が滲み出ているように思えた。

 

「さて、お次はあなたの処遇ね」


 アデラインがモニカを一瞥する。王妃が捕縛を命じたのは伯爵のみで、彼女はこの場に留まることを許されていた。


 矛先が向いて、モニカはあからさまにびくついた。

 

「伯爵からの指示にみせかけて贈った毒をどう扱うのか。どう転ぼうと構わなかったのだけれど。一応、良心はあったのね」


 存分にモニカを煽っておいたのだが、彼女は最後の最後で踏みとどまるだけの良心は備えていたらしい。

 

「……私はこれから、どうなるのでしょうか……?」


 恐る恐る伺われて、王妃が肩を竦める。

 

「今から考えるわ。随分と王宮で暴れてくれたものね。伯爵が怖かった?」

「……私は、ただの道具ですから。役に立てなければ、処分される。それだけの存在です……」


 事実、そうなのだろう。

 伯爵がただの良縁で満足するはずもない。モニカの役目は王太子の妻となること。伯爵にとっての価値はそれだけだった。彼はなんとしても、王室との縁戚関係がほしかったのだ。

 強迫観念から、選択の余地がなかったことは察せられる。


「……そうね。同情すべき余地はある。けれど、あなたに償うべき点がまったくないとも、私には思えないわ」


 アデラインの双眸に同情は窺えず。ただただ冷たい色が灯っている。

 

「けしかけたのは私だけれど。レティシア嬢への一連の行為は、強迫観念に突き動かされていただけかしら? 己より地位のあるご令嬢を虐げる名分が得られて、高揚はなかったと? 私には、そうは映らなかったわ」


 父の要求に沿って、レティシアを必死に蹴落とそうとしていたモニカからは、確かな優越感が滲んでいた。あれは、演技ではないだろう。


 モニカは、震える声で心境を吐露した。

 

「レティシア様を蹴落とし、殿下の婚約者となれば。私は幸せになれるのだと……邪な気持ちがあったことは、否定できません……」

「醜いことね」


 アデラインはどこまでも手厳しかった。モニカはレティシアと目が合うと、気まずそうに視線を逸らした。

 王妃は深々と嘆息する。

 

「伯爵に逆らう余地がなかったといえど、お咎めなしでは済ませられないわ。あなたにも相応の処分を受けてもらいます。ただ」


 王妃はちらりと、レティシアに目線を寄越した。

 

「私はレティシア嬢に関わることで、公正な判断ができる自信がないの。だから、この娘の処遇は当事者であるあなたの手に委ねるわ」


 アデラインは、レティシアに裁量を任せると言う。

 前半部分は建前に過ぎず、王太子の婚約者としての判断が問われているように思えた。


 恥ずべき振る舞いをした彼女を投獄することは、至極簡単ではあるけれど。


 モニカ様、と呼びかけようとして。レティシアはあっと気づいた。その呼び方は、正しくないのだ。

 

「お名前を、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「……、ヒルダと、申します」


 モニカ改め、ヒルダと名乗った令嬢に、レティシアはきっぱりと告げる。


「では、ヒルダ様。まずは手始めにヒルダ様が駄目にしてくださった教本やドレスに関してです」


 レティシアが彼女から被った被害額は、結構な金額である。

 

「弁償してくださいな、とあなたに求めたところでどうにもならないでしょう。ですので、こちらはランドールに請求することにいたします。あなたを王宮に召し上げたのは伯爵なのですから、その責任をランドールが取るのは当然の帰結です」


 ヒルダに請求したところで、払えないものは払えない。それなら、伯爵に請求した方が現実的である。

 

「そうなると、ヒルダ様がご自身で償うべきなのは、やはり一連の王宮での振る舞いでしょう」


 どんな大義名分を掲げようとも、他者を虐げる行為にお咎めし、とはいかない。

 

「どのような事情があれど、他者を虐げる行為を正当化することはできません。その振る舞いには代償が伴うということを、肝に銘じていただかなくてはなりません」


 レティシアは王妃を窺った。


「王妃様。ヒルダ様にはブライユ伯爵夫人のお屋敷で働いていただく、というのはどうでしょうか?」


 王宮の女官長を務めるダリア・ブライユは非常に厳しいご夫人だ。彼女の指導が行き届いているおかげで、王宮の宮女はみな心根が真っ直ぐで真面目なのだ。


「夫人のお屋敷は、王宮同様に使用人の教育が行き届いていると伺っております。王国一、厳しい仕事場なのだとか」

「……そうね。確かに、夫人の代わりに侍女を管轄する侍女長は、とても厳しい方よ。心根を一から矯正するという意味では、適した環境かもしれないわね」


 アデラインは少し考えるような間を置き。

 

「いいでしょう。あなたのこれまでの環境を鑑みれば、情状酌量の余地もあります。更生の機会を与えましょう。環境がまともであれば、真っ当な人間なのだと、示してみなさい」


 ヒルダの瞳が驚いたように瞠られる。


 おそらく、覚悟していた処遇よりずっと軽いものだったのだろう。軽いものとなるかどうかは、今後のヒルダの頑張り次第なのだけれど。


 時が満ちたら、ランドール伯爵家の実子が死亡していたことは公表される。ヒルダはこの先、その身一つで生きていかなくてはならない。


 ブライユ夫人の屋敷を解雇されでもすれば、彼女は寒空の下、一文無しで放り出されることになる。

 

 すべては、彼女のこれからの努力次第なのだ。


「誠心誠意、励むことね」


 立ち上がったヒルダは、深々と腰を折り、涙まじりの声で応えた。

 

「……寛大な処分に、感謝いたします。情けをかけてくださったことは無駄ではなかったのだと、証明したく存じます」


 こうして、一連の騒動は幕を閉じたのだった。

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