第36話 膝枕でお願いします
気持ち早足で廊下を歩きながら、レティシアはモニカのことを考えていた。
(なんだか……)
未だに王妃と父の思惑は読み解けていない。ただ、父ならば不穏な動きを見せているランドール伯爵家の尻尾を掴もうと、レティシアを囮にするというのは十分に考えられた。ならばレティシアはモニカにとって競争相手として以上に目障りな存在であった方がいいかと思い、挑発的な態度を心掛けてはみたものの――。
最後に見たモニカの真っ青な顔色を思い浮かべると、やり過ぎたのではないかとだんだん心が痛くなってくる。
公務は無事に完了した。ただ、あまりにもやり方が容赦なかった気もする。ヘレネがレティシアを気遣ってくれることを考慮すらしなかったことも含めて。自分が物凄く冷徹な人間に思えた。
与えられた客室まで辿り着くと、扉の前には二人の騎士が直立している。彼らはウィリアムの近衛騎士だ。
ランドール家の不穏な話を聞いた日から、ウィリアムが念の為にとつけてくれたのだ。レティシアの不在時に室内が荒らされる心配をする必要もなくなり、とても助かっている。
騎士の一人が、中でウィリアムが待っていると教えてくれる。部屋を空ける前、もしウィリアムが訪ねてきたら中で待ってもらってくださいとお願いしておいたのだ。
ドロシーが扉を開けた。室内に足を踏み入れると、気づいたウィリアムがソファから立ち上がる。
「お疲れ様、レティ」
柔らかな声音と微笑みに、レティシアはなんだかすごくホッとした。無性に甘えたくなったレティシアがウィリアムにえいっと抱きつけば、少し驚いた顔をしながらも、彼は優しく背中に腕を回してくれた。
「お待たせして、申し訳ありません……」
「そんなに待ってないから、気にしないで。招待状を入れ替えてレティに渡しておいたってところまでは報告を受けているけど。伯爵令嬢の計画は阻止できたってことでいいのかな?」
「はい。ウィル様がお力添えくださったおかげで、本日を持って無事に公務を終えることができました。ありがとうございます、ウィル様。ただ……」
ほう、とため息を漏らす。
「わたくしがモニカ様に意地悪をされていたはずですのに、今日はなんだか、わたくしの方が悪者だったように思うのです……」
血の気の引いたモニカの顔を思い出すと、複雑だった。
「その方が王妃様の意に沿えるかと思い、あえて挑発的な発言を心掛けはしたのですが……それを差し引いても、今日のわたくしは悪役令嬢でした……」
レティシアはしゅん、と肩を落とす。
意図的な振る舞いを差し引いても。第三者が見たら、あれはレティシアがモニカをいびっている構図として映るのではないだろうか。
もう少し他にやりようがあったのではないかと、後悔が押し寄せてくる。
「ウィル様が常々わたくしを天然で悪女だと評する意味が少し、わかった気がします……」
「僕のはちょっと、意味合いが違うんだけどね。違うというか、僕の使う意味の方が正しいというか……」
「違うのですか?」
苦笑したウィリアムが、こつんと額をくっつけた。
「本当に、お疲れ様。大丈夫。レティが優しい子だってことは僕が保証するよ」
労りと慈しみに満ちた声と共に、ウィリアムがあやすように背中を撫でてくれる。行動が非情過ぎた気がして自己嫌悪で沈んだレティシアの心を、慰めるように。
この優しい人が自分を優しいと評してくれるなら。その言葉を信じよう。今日のレティシアは王太子の婚約者として、正しい行動を取れたのだと。
めいっぱい甘えたくて、ウィリアムの胸に頰をすり寄せる。ふと、彼が囁いた。
「ね、レティ。何か、僕にしてほしいことはある?」
「え?」
「ご褒美というか、僕が提案するのもおかしな話なんだけど……これだけがんばって公務をやり遂げたレティに何もなしっていうのはどうなのかなって。僕にできる範囲で何かあれば、なんでも――」
レティシアはパッと瞳を輝かせた。
「ではでは、ぜひお願いしたいことがありますっ!」
「えぇ、と?」
レティシアの反応の速さに、ウィリアムはちょっとたじろいだ。そんな彼の手を引っ張って、レティシアは二人掛けのソファの前に誘導した。
「なるべく端の方に座っていただけると有り難いのですが……」
二人並んで腰掛けても十分にゆとりのある大きさなので、大丈夫だとは思うけれど。念の為そう口にすると、ウィリアムは戸惑った顔をしながらも、お願いした通り端の方に座ってくれた。
隣に腰を下ろしたレティシアは、遠慮なく彼の膝に頭を預けた。
「さぁウィル様、存分にわたくしの頭を撫でてくださいな」
「あぁ、そういう……」
レティシアがただ膝枕をしてもらいたかっただけなのだと気づいたウィリアムは、クスリと笑んだ。お願いした通り、優しい手つきで頭を撫でてくれる。
心地よさに目を細めつつ、レティシアはウィリアムの様子を窺った。特に嫌がっている素振りは見受けられない。
「あれほど膝枕はお嫌だと渋っていらしたのに、わたくしが横になる分にはよろしいのですか?」
「見下ろされるのがちょっと、ね……照れくさいというか……」
密着した体勢はともかく、目線に関しては特に気にならなかった。いつも見上げている側だからかもしれない。
ちょっぴり恥ずかしそうなウィリアムの可愛さにふふっと笑みをこぼし、レティシアは目を閉じた。
「疲れましたら、すぐにおっしゃってくださいね」
「大丈夫だよ。レティが満足するまで付き合うから」
髪を梳く手つき心地よさに、このまま目を閉じていたら微睡んでしまいそうだった。
流石に言葉通りに甘えたらウィリアムが疲れてしまうはずなので、レティシアは何か眠気が覚めるような話題を模索する。
「……モニカ様は、今日で諦めがついたでしょうか? わたくしとの接点はこの先作り難いはずですし……」
打つ手なしと諦めるのか、それともまた何か策を講じるのか。何かするならまずはレティシアの客室まで来なければならないのだが、レティシアが拒んだら彼女は入室すら叶わない。見張りの騎士に追い返すように頼んでおけばそれでお終いなのだから。宮女に何かさせるのも、近衛騎士の目があるから難しい。
モニカは何もできない、と思う。
途端にウィリアムが顔を曇らせた。
「いつ切り出すべきなのか、迷っていたんだけど……。昼間、母上の遣いが僕の執務室に来たんだ。明後日晩餐会を開くから、君に伝えておくようにって」
「晩餐会?」
ウィリアムが、憂鬱そうな声で言う。
「主催は母上。出席するのはレティと僕の他に……モニカ嬢と、ランドール伯爵だよ」
レティシアは目を瞬かせた。
「それは、また……」
楽しい晩餐会には、なりそうもなかった。




