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【書籍2巻発売中】わたくしの婚約者様はみんなの王子様なので、独り占め厳禁とのことです  作者: 雪菜
第三章

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第25話 ウィリアムの胸中

 うとうととまどろんでいたレティシアは、そのまますぐに眠ってしまった。小さな頭をひと撫でして、ウィリアムは寝椅子(カウチ)から離れた。健やかな寝息を立てて眠っているレティシアの表情に苦悶の色が浮かんでいないのは救いだった。体調が悪いのを隠しているということはなさそうで、ホッとする。


 仮眠を取るかどうかはレティシア次第だとしても、とにかく身体を休めてくれればという想いから部屋に招いたのは、正解だったみたいだ。あっという間に寝入ってしまったのを見るに、睡眠不足に加えてかなり疲れもたまっていたのではないだろうか。


 大きな音を立てないように注意しながら執務机に向かったウィリアムは、手に取った書類に目を落としながら頭の中では別のことを考えていた。


 ――アデラインはレティシアに、人に頼ることを教えたいのだろうか?


 ぼんやりと、そんなことを。


 父親の影響で、レティシアは一人でなんでもできなくてはいけないと考えてしまっている。


 実際、彼女の能力は高い。


 ウィリアムはレティシアが無理をしていないか案じながらも、モニカとの諍い自体はそこまで不安を感じてはいなかった。レティシアならモニカの心理を読み、上手くあしらうだろうと思っていたから。


 ただ、公務と王妃教育。二足の草鞋によるレティシアの負担と頑張り過ぎてしまう性格を考えれば、ドロシーに助けを求められる前に気づかなくてはいけなかった。レティシアが音を上げてウィリアムに相談しにくるなんてあり得ないのだから、もっと気にかけておかなくてはいけなかったのだ。ただでさえ、アデラインの意向で宮女までがモニカの肩を持つのに。孤立無援の彼女を気遣うのは、婚約者であるウィリアムの義務だ。


 レティシアを信頼しているからと、のほほんと構えていた自分に心底腹が立つ。どうしてもっと早く行動しなかったのだろう。社交で王宮を離れていることが多かったなんて、なんの言い訳にもならない。


 後悔しながらも、レティシアの為に何をすべきなのか昨夜からずっと考えていた。


 長期的な睡眠不足が一日の睡眠で改善するはずがない。規則正しい生活を送れるようにならなければ、レティシアの疲労は抜けない。モニカとの小競り合いも含めて現状で最も負担となっている王妃教育は、取りやめてもらうべき。


 そのためにはアデラインを説得する必要があるのだが、これに関してはウィリアムはすんなり事が運ぶのではないかな、と思う。レティシアに告げた通り、彼女が過労で倒れるなんて事態は王妃も望まないだろう。


 レティシアは王妃教育の辞退がアデラインの不興を買うのではないかと心配している様子だった。


 そんな懸念を抱くのは、アデラインに試されているとレティシアが感じているためだろう。だが、ウィリアムは漠然とそうではない気がしていた。


 昨夜レナードに調べさせたが、レティシアが受けている王妃教育はすでに彼女が身に着けている教養だった。わざわざ公務と両立させてまでやる意味のあるものとは、到底思えない。


 モニカに王妃教育を施しているのだって、箔付けのためだと言っていたが。他者を傷つける行動を厭わない令嬢は、王宮での作法以前に学ばなくてはいけないものがあるはず。


 他者に迷惑をかけるような振る舞いも、傷つけるような行為も絶対に働いてはいけません。常に他者の目があることを意識しなさい。


 幼い頃からウィリアムにそう説き続けてきたアデラインが、モニカの卑劣なやり口を歓迎しているとは考えにくい。目を瞑る理由が絶対にあるはずで、それがレティシアの王太子妃の能力を測るためだとは思えない。


 そんなことをしなくたって、彼女の優秀さはアデラインもよくわかっているはずだから。モニカが何をしたって、レティシアは上手く切り抜けてみせるだろう。試すまでもなく、結果は見えている。


 学園で諍いを起こしたのは事実。だが、あの騒動はレティシアの思いやりゆえに拗れてしまったのだと理解できないアデラインではないだろう。


 知性で彼女に並ぶ令嬢はきっと、王国中を探したって見つからない。王太子妃として必要な教養は、それこそ王妃教育で学んでいけばいい。レティシアはまだ十四歳なのだから。


 努力家で潔癖で。冴え渡るほどの知性と思いやりを備えたレティシアの何を見極めるというのか。ウィリアムには思い浮かばず、だからやっぱり、アデラインの真意は別にあるのではないかと思うのだ。


 だが――。


 書類を机に戻して、ウィリアムは目を伏せた。


 王太子妃という立場が、レティシアにとって幸せなものなのか。ずっとずっと、疑問だった。


 アデラインに何か考えがあるのは間違いないと思う。だが、それがどんなものであってもレティシアに負担を強いて、限界寸前まで追い込んでも許される名分にはならない。公爵の行き過ぎた英才教育もそう。


 それらはすべて、ウィリアム(王太子)の婚約者でなければレティシアの身に降りかかることはなかった。


 ルーシー・ハーネットを咎めた美術室で、ウィリアムの婚約者でなければという仮定の話を持ち出した時。レティシアは、そんな悲しいことを言わないで、ウィル様の婚約者でいたいから物凄く頑張ったのだと、そう言ってくれた。


 でも――レティシアにそこまで想ってもらえるだけの価値が、果たして自分にあるのだろうか。


 ウィル様、ウィル様と幼い頃から一途に慕ってくれるレティシア。その親愛に見合う、誇れる婚約者で在りたい。ずっとずっと、それがウィリアムのしるべだった。そうじゃないと、彼女の努力とつり合いが取れないから。


 周囲は口を揃えてウィリアムを立派な王太子だと言う。だが、レティシアにとってウィリアムは立派な婚約者といえるのだろうか。肝心なところでウィリアムは、レティシアを守れていないのに。


「……言えるわけない、よね」


 囁き、嘆息を漏らす。


 どう動くのがレティシアの為になるのか。どれほど考えを巡らせても、答えは出なかった。

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