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【書籍2巻発売中】わたくしの婚約者様はみんなの王子様なので、独り占め厳禁とのことです  作者: 雪菜
第三章

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第20話 真っ黒な腹の中

 与えられた客室に戻ると、モニカは侍女のジュリー・テイラーに詰め寄った。


「どういうことなの? ちゃんと公爵令嬢の部屋へブローチを置いたと言ったわよね?」


 頷く侍女に、モニカは眦をつり上げた。


「じゃあどうして見つからないのよ!? 魔が差してあなたが盗んだの? それとも、公爵令嬢を庇うおつもり?」

「誤解ですわ。私はモニカお嬢様に頼まれた通り、レティシア様のお部屋にブローチを置きました。間違いありません」


 ジュリーの言葉など、信じられるはずがない。彼女の発言が事実なら、ブローチが見つからないはずはないのだから。


 白状しない侍女を、モニカは睨みつけた。


「王妃様から聞いているはずよね? 次期王妃は公爵令嬢ではなく、私よ? 反抗的な態度を貫くのなら、私が王太子妃になったら真っ先にあなたをクビにするわ」


 あの日のお茶会で、王妃はお願いがあるの、とモニカに縋ってきた。


 陰湿な嫌がらせをして、レティシアをそのままいじめ続けて欲しい。彼女に王宮での生活は辛いものだと思わせて、王太子の婚約者という立場に嫌気が差すよう仕向けてくれ。


 それがアデラインから頼まれたことだ。困ったことがあれば、侍女や女官を頼るといい、とも。


 彼女の望みを実現した暁には、次期王太子妃の座にモニカがおさまる。いや、おさまらなくてはならないのだ。


 モニカが王妃から助力を得ていたことを、父が知ってしまったら。王妃からここまで支援されて父の念願は叶いませんでした、なんてことになったら。想像するだけで怖くなる。


『わたくしが妬む要素がモニカ様にあるだなんて、自惚れというものですわ』


 レティシアの辛辣な指摘は、悔しいけれど事実だった。感情任せに紅茶をぶち撒けてしまったのは、図星を突かれたせいだ。


 生まれた時から周囲に傅かれ、蝶よ花よと育てられた公爵令嬢とモニカは違う。自分は生まれた時、何も持っていなかった。それでも必死に期待に応え続けてきた十年の努力を、たかが侍女ごときの反抗で台無しにされては堪ったものではない。


 まだまだ腹の底に溜まった憤りを侍女にぶつけようと息を吸い込んだ時。コンコン、と扉が叩かれた。


「こんな遅くに押しかけてごめんなさいね」


 侍女が開けた扉から顔を覗かせたのはアデラインだった。モニカは罵倒を慌てて飲み込み、背筋を伸ばす。そんなモニカの手を、王妃がそっと包み込んだ。


「今し方の騒動ね、素晴らしい発想だったと思うわ。レティシア嬢の部屋でブローチが見つかれば、完璧だったのだけれど」

「それは……っ!」


 モニカは侍女を睨み据える。計画が頓挫したのは彼女のせいなのだ。アデラインがそっと囁いた。


「きっと、ウィルの仕業だわ」

「え……?」


 思いも寄らない人物の名に、モニカは目を丸くする。アデラインが困り顔で頰に手を当てた。


「あの子はおっとりしているように見えて、鋭いところがあるの。レティシア嬢を嵌めようとする動きに勘づいて、ブローチを密かに回収させたのでしょうね。あの子を退出させておけばよかったわ……。呼び止めた私の失態ね」


 ほう、と憂鬱そうに吐息を吐き。


「モニカ嬢の計画を台無しにしてしまったのは、私なの。侍女たちを責めないであげてちょうだいね? この子たちはあなたの忠実な味方よ。幸い、まだまだ猶予はあるもの。いずれ、上手くいく日が来るはずよ」


 アデラインが頼り切った目を向けてくる。王妃とモニカの利害は一致しているのだ。


 幸運な巡り合わせを活かし、何がなんでもレティシアを蹴落とさなくてはならない。それが、父にとってのモニカのたった一つの価値なのだから。



◆◆◆◇◆◇◆◆◆



 ジュリーを伴ってモニカの部屋を後にしたアデラインは、いくらか歩いたところで足を止めた。声を潜めて侍女に告げる。


「すまなかったわね。嫌な役目を押し付けてしまったわ」

「王妃様のお役に立てたのでしたら、本望です」


 気丈に微笑む侍女の顔には、疲労が見えた。宮女たちは皆、心根の綺麗な子たちだ。そういう令嬢をアデラインが選び、女官長が育てた。


 十四歳の令嬢に冤罪をかけ、貶める計画の片棒を担がされ、神経をすり減らして疲れているのは想像に難くなかった。


「女官長には私から伝えておくから、明日は一日休むといいわ。気分転換には短い時間でしょうけど、ないよりはいいでしょう。事が片付いたら、男爵家には相応の恩賞を授けるわ。どうか許してちょうだいね」

「格別のご厚情を賜り、恐悦至極に存じます。ですが……なぜこのようなことを?」


 アデラインが女官長を通して命じたのは、モニカの協力者となること。それがどれほど卑劣な行為であっても。その意図までは伝えていないから、戸惑うのは当然だ。


 困ったように揺れる瞳を見て、アデラインは目を伏せた。


「ごめんなさいね。今は言えないの。でも、じきにわかるわ」


 侍女はそれ以上は踏み込んでこなかった。何かしらの言えない事情があるのだろうと察して口をつぐんでくれる彼女に感謝して、アデラインはもう下がっていいわ、と伝えた。


 一人きりになった王妃はぽつりと呟く。


「……御し易いお嬢さんで、大助かりね」


 伯爵の娘が食えない令嬢なら難航しただろうが、モニカは単純でこちらの言葉の裏を読もうともしない。とても楽な相手だ。


 いや、単純というよりも――モニカの瞳に時折ちらつく感情に、アデラインは気づいていた。


 レティシアを貶めようと必死なモニカ。彼女がアデラインの言に飛び付くのはきっと、それがとても都合のいい申し出だから。都合が良すぎて疑うのが普通なのに。まったく疑わないのは、目的を達成することで頭がいっぱいなのだろう。


 アデラインは小首を傾げる。


「そんなに父親が怖いのかしら? 人でなしでしょうしねぇ……」


 伯爵は美丈夫だが、あの美しい顔の裏にどれほど厄介な毒を隠し持っているのやら。彼の本性を暴くためにも、


「あともうひと押し……いいえ、ふた押しは欲しいところかしら?」


 レティシアなら無自覚に煽ってくれるはずだから、そちらは心配要らない。時間の問題だ。


「懸念点はウィルだけれど……思っていたよりも大人の対応ね。私が気遣えない以上、あの子がしっかりレティちゃんを見ていてくれることを願うばかりね」


 僥倖とはいえ、モニカへの警戒からレティシアの負担が増えてしまった。ウィリアムの予定は前半にぎゅうぎゅう詰めにして、後半はゆとりができるようにしてある。この先、レティシアを気遣える時間も増えるだろうから大丈夫だとは思うけれど。


「愛息と同年代のお嬢さんをいいように使うだなんて、王妃って嫌なお役目だわぁ」


 燭台で照らされた廊下をとぼとぼと歩きながら、アデラインはため息を吐いた。

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