第18話 本音、建前、それとも嘘?
無言で火花を散らすウィリアムとアデラインをハラハラと見つめながら、レティシアの胸中はどうしようという想いでいっぱいだった。
傲慢な発言の数々でモニカを挑発し、逆上した彼女がうっかり口を滑らせてくれないかと期待したのだけれど。まさか、口より先に手が出るとは思わなかった。
どうしよう。レティシアのせいで、ウィリアムが紅茶を被ることになったのだ。カップの中身が冷めていて大事に至らなかったのは、不幸中の幸い。だが、そんなのは結果論だ。アデラインにあなたはやっぱり未来の王太子妃には相応しくなさそうね、と思われてしまっていたら――。
「レティちゃん」
アデラインからの呼びかけに、レティシアは肩を震わせた。
「申し訳ありません、王妃様! わたくしの失態で――」
「レティちゃんには、掛からなかった?」
「はい……?」
ぱちぱちと目を瞬かせる。明晰なはずの頭脳は疑問符で埋め尽くされてしまう。
頭のてっぺんからつま先まで眺めて、アデラインがホッと息を吐き出した。深海みたいな瞳に灯る色はとても温かくて、優しいもの。
「この季節だもの。身体を冷やして風邪を引いたら大変でしょう? 大丈夫そうでよかったわ。その点、男の子のウィルは丈夫だから心配要らないわよね?」
ウィリアムは腑に落ちない表情を浮かべていたが。先ほどまでの威圧感はどこへやら。戯けた調子のアデラインに合わせるように、肩を竦めて冗談っぽく言う。
「……実の息子そっちのけでレティの心配とは、母上らしいですね」
「このあと湯浴みをするでしょう? ちょうどいいじゃない。しっかり身体を温めてきなさいな」
お湯の用意はできています、という従者の言葉にウィリアムがすぐに行くよ、と微笑みを返す。
出来た王太子である彼は顔には出さないけれど、糊の効いた真っ白なシャツにもベストにも紅茶の染みが出来ていた。なるべく早く身を清めたいはず。
「あの、ウィル様。色々と、ありがとうございました」
長く引き止めるのは憚られ、一番伝えたかったことだけを口にした。レティシアの置かれている状況を把握していないだろうに、一貫して味方でいてくれたことは心強く、とても嬉しかった。
見上げた先にある大好きな青空の瞳が、優しく細まる。
「不謹慎かもしれないけど、顔が見れてよかった。大変な想いをして疲れただろうし、ゆっくり休んでね」
交わせた会話はそれだけ。ウィリアムの背中を見送ったレティシアは、もっと話したかったという気持ちに蓋をする。
会えて嬉しかったです、くらいは返しても許されただろうか。でもそれを口にしたら、ますます名残惜しくなってしまう気がする。
「それにしても」
ふふっ、とアデラインが笑い声を立てる。
「良くも悪くもレティちゃんは表情を殺せると思っていたのだけれど。流石に真っ青だったわね」
狼狽は、しっかりと気づかれてしまっていたらしい。アデラインが柔らかく瞳を細める。
「ウィルはレティちゃんより四つも年上で、男の子なんだもの。何より、レティちゃんの婚約者でしょう? ああいう時はね、開き直ってしまえばいいの。ウィルがレティちゃんを庇ったのは、その価値があなたにあるからなのよ? 堂々としていればいいわ」
アデラインの態度はやっぱりちぐはぐだ。先ほどまでは徹頭徹尾モニカの味方だったのに。
これまでの出来事を思い返せば、アデラインの発言はどこまで信用できるか怪しいもの。温かな眼差しと共に授けられた助言を、本心と受け取っていいのかどうか。
「ウィル様があのような目に遭われたのは、わたくしの見通しの甘さが招いたことです。叱責されて当然かと……」
「息子がちゃんと婚約者を庇える男の子で誇らしい、としか思わなかったわ。もし紅茶が火傷するほど熱いものだったなら、流石に笑っていられないけれど。その場合は……なんて仮定には意味がないわね。カップの中身は水も同然だったのだもの」
一瞬だけ不穏な気配が垣間見えた気もしたけれど。目の前でころころと笑うアデラインは、レティシアの失態を気にも留めていない様子でおっとりと首を傾げる。
「ウィル本人も気にしていないでしょうしねぇ。それでも気が咎めるのなら、ウィルの部屋であの子を待ってはどう? ケロリとした顔を見れば、レティちゃんも大したことではないと思えるんじゃないかしら」
「良いのですか!?」
時刻は二十二時をとうに過ぎている。非常識な面会に許可が下りて、レティシアは瞳を輝かせた。アデラインがクスクスと笑みをこぼす。
「相変わらずの仲良しさんで、母親冥利に尽きるわ。話を通すから、ウィルの部屋まで一緒に行きましょう? ウィルにレティちゃんが待っていると伝えてくれる?」
近くにいた侍女にそう命じて、アデライン自らがウィリアムの部屋まで先導してくれた。




