表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍2巻発売中】わたくしの婚約者様はみんなの王子様なので、独り占め厳禁とのことです  作者: 雪菜
第三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/76

第13話 苛めの始まり

 朝食を終える頃には、眠気は気にならなくなっていた。すっきりとした頭で公務に励み、任された名簿作成が七割ほどまで進捗したところで、レティシアは作業を切り上げた。妃教育の時間が迫っていたからだ。昨日と同じように一度客室に戻り、質素なドレスから社交場に相応しい装いへと整えてもらったレティシアは、気合を入れて妃教育に臨んだ。


 十四時から三時間かけて行われた礼儀作法の教習は、とても平和的に終了した。


 教育係を務める男爵夫人はおっとりとした穏和な女性で、レティシアは指導を受けるというよりも淑女の見本としてたくさんの褒め言葉をもらえた。唯一、笑顔だけは表情が固いですね、と指摘されてしまったけれど。


 モニカはモニカで優等生の鑑のような態度だった。歩き方、会釈、テーブルマナー。レティシアが見せた手本を一生懸命に再現しようと取り組む姿は熱心な生徒そのもの。先日の出来事は夢だったのかしらと思ってしまったほど、モニカは真面目な姿勢を見せていた。


 嫌味を言われることもなければ突っかかってくることもなく。十七時に終了した妃教育は、終始和やかな雰囲気だったのだが――。


 ドロシーを伴って客室に戻ると、問題が起きた。続き部屋へ入って行ったドロシーの悲鳴が響き渡ったのだ。何事かと衣装部屋を覗き込んだレティシアは、目を丸くした。


「あら、まぁ……」


 室内はひどい有様だった。公爵邸から持ち込んだイブニングドレスがズタズタに切り裂かれていたのだ。柔らかな絨毯には色とりどりの布切れが散らばっている。


 あまりの惨状に、ドロシーは言葉を失って立ち尽くしていた。


 部屋に入ったレティシアは、中をゆっくりと確認した。棚に飾られた宝石箱の中身はすべて無事。ドレスも一着一着確認してみるが、被害に遭ったのはイブニングドレスだけだった。イブニングドレスだけが、見事に全滅しているのだ。


 今夜の王妃との夕食で、場に相応しいドレスをなくすための犯行といったところだろうか。


「これでは、今夜お嬢様がお召しになるドレスが……」

「それは問題ないのだけれど……」

「はい?」


 涙目で首を捻るドロシーに苦笑したレティシアは、少しのあいだ考えてから、とりあえず女官長を呼んできてくれますか、とお願いした。


 ドロシーが慌てて部屋を出て行く。


 室内をぐるりと見渡して、レティシアは頰に手を当てた。


「なるほど……。これは少々、厄介かもしれませんわね……」


 公務を終えた後、レティシアは一度着替えている。その時は無事だったドレスが、今は見るも無惨な姿に変貌してしまった。犯行が行われたのは妃教育の時間で間違いない。そして、今の今までモニカはレティシアと共にいた。つまり、モニカがドレスを破くのは不可能ということで。実行犯はモニカとは別の誰か。王宮内に手を貸した人間がいるのは確定だ。おそらくは侍女か女官の誰かだろう。可能性が高いのはレティシアの客室を掃除してくれている侍女か。


「これも、王妃様の命令なのでしょうね……」


 ちょっと面倒だなぁ、とレティシアは思った。


 部屋を空けるたびに何かされては堪ったものではない。ドロシーを置いていけば防げるのだが、実家の侍女を伴わずに王宮内を闊歩するのは、それはそれで常識外れの行動だ。


「今後も同じようにドレスやアクセサリーに手を出されたら、困ってしまいますわね……。タダではありませんもの」


 上質な布切れを手に取って、嘆息する。


 これは一体、誰に賠償金を請求すればいいのだろう。首謀者は十中八九モニカなのだが、彼女がやったという証拠はないし、そもそも手を下していないわけだから、実行犯は別。かといって、実行犯を特定できたとしても、その人に賠償を求めるのもなんだか違う気がした。


「お嬢様、女官長をお連れしました」


 振り返ると、衣装部屋の惨状に女官長が驚いたように目を瞠っていた。目が合うと、彼女は表情を引き締める。


「……どのようなご用件でしょうか?」


 この惨状を前にしても、女官長は何も言わない。レティシアの見立て通り、この件には王妃の命令も絡んでいるのだ。


 モニカが口にしたように宮女は見て見ぬふり。そして、時にはモニカに手を貸すこともある。一方で、レティシアに救いの手を差し伸べてくれる者は誰もいない。そういうことなのだろう。


 レティシアは、たおやかな笑みを浮かべて小首を傾げた。


「わたくしが妃教育を受けている時間、この部屋に出入りした可能性のある侍女と女官を全員、呼んでいただけますか?」

「それは……」


 誰がなんの仕事をこなしているかは、厳しく管理されている。特定すること自体は可能なはずだった。


 渋る女官長を見て、レティシアはやっぱり味方はいなさそうだなと確信する。だが、女官長は今朝、レティシアのお願いした通りに予定表を用意してくれた。彼女たちはモニカの行為に加担してはいても、レティシアの完全な敵というわけでもないと思うのだ。


「女官長。わたくしは可能性のある方を全員、呼んで欲しいのです。特定の誰かを呼び出したいわけではありませんわ」


 切れ長の双眸を見据えておっとりと言えば、彼女はハッとしたような顔になる。


「……かしこまりました。少しだけお時間をください」

「構いませんわ」


 レティシアが頷くと、女官長は十五分ほどで客室に戻ってきた。彼女が連れてきた宮女は十名。レティシアの部屋の掃除や給仕、身支度の手伝いを担当してくれている顔ぶれが揃っていた。


 この中に、レティシアのイブニングドレスを台無しにしてくれた犯人がいるのだ。


 レティシアが彼女たちを衣装部屋に連れて行くと、小さなざわめきが起こった。息を呑む者が大半の中で、青ざめた顔で視線を送り合う侍女が二人いたのを、レティシアは見逃さなかった。


「わたくしが妃教育から戻って参りましたら、ドレスがこのようになっていたのです……」


 ほう、と悩ましい吐息を吐き出す。宮女たちは神妙な顔でレティシアの言葉に耳を傾けていた。二人を除いて。


「本来であれば、相応の処分が必要でしょう。ですが、ここは王妃様が管理なさっている後宮です。このような事態が起こってしまったのは、止むに止まれぬ事情があってのことだと思うのです」


 レティシアはにっこりと微笑んだ。


「幸い、わたくしは今朝、実家に新しいドレスを数着、届けて欲しいとお願いしてありました。イブニングドレスも含まれていますから、衣装部屋が荒らされてしまったことは残念ですが、特に支障はありません」


 え、とドロシーが目を瞠る。そんな彼女にレティシアは軽く頷いてみせた。


 女官長に遣いを出して欲しいと頼んだのは、まさにこの件だ。王妃との夕食の席で恥をかくのはごめんだったから、十八時に王宮までドレスを届けて欲しいと手紙を書いておいたのだ。


 レティシアは集まった宮女たちを見渡して微笑む。


「誰がこのようなことをなさったのかは、わたくしは問いません。ただ……今後、同じような事態が起こらないよう対策を取りたいと思います。女官長。無事だったドレスやアクセサリー、新しく届くものも含めて、王妃様の衣装部屋に移していただけませんか?」


 王妃の衣装部屋に持ち込まれたドレスやアクセサリーには、いくらなんでも手出しができないはずだった。王妃の衣装部屋はちょうどレティシアが使っている部屋の真上。着替えの時に侍女たちの仕事が増えてしまうのが難点だが、他に案が思いつかなかった。


「それは……」


 王妃のものではない衣装類を管理するなんて、前例がないのだろう。女官長は難色を示した。


「考えてみてください。今後も同じようなことが起これば、誰かが責任を取らなくてはいけません。これらのドレスが総額でいくらになるか。想像するだけで、頭痛がしませんか?」


 レティシアはあくまで、寛大な姿勢を示す。


 宮女たちだって、やりたくてやっているわけではないと信じているからだ。ヘレネは誠心誠意、公務を手伝うと言ってくれた。目の前にいる彼女たちも志は同じなのではないだろうか。


 理解ある姿勢を見せれば、彼女たちはレティシアに好感を抱いてくれるだろう。その好意は、モニカから命じられたという証言にだって繋がるかもしれない。首謀者がモニカだという証言を集めることができれば、ランドール伯爵家に弁償を要求できる。宮女たちからの心証を良くしておくのは、重要なことだ。


 女官長はしばらく考え込んでいた。宮女たちはそわそわとした様子で上司の判断を待っている。


 ここで断られたら、レティシアは厳しい立ち位置を強いられてしまうのだが。


「……わかりました。王妃様のことですから、反対はなさらないでしょう。私が責任を持って報告します。あなたたち、すぐ作業に取り掛かりなさい」


 女官長の判断に、レティシアはホッとする。


 モニカに手を貸している宮女たちだが、やはりレティシアの頼みにも応じてくれるのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ