第12話 本日の予定は
翌朝。レティシアの身支度が整ったタイミングを見計らってやってきた女官長が、昨日頼んだ通りに予定表を手渡してくれた。
午前中は公務。午後からはモニカと共に礼儀作法のお勉強。その後の予定は――。
レティシアは目を瞬かせる。本日の夕食は王妃と二人で、と書かれていたからだ。
「王妃様の夕食に、わたくしが同席してもよろしいのですか?」
王宮に滞在し始めて今日で四日目。朝食と夕食はこの部屋で。昼食は書庫でというのがすでに日課になっていたから、これからもずっとそうだとばかり思っていた。
「元より、お食事はできることならレティシア様もご一緒にと王妃様はお考えでした。ですがやはり、予定の調整が難しく……。今日のために、昨夜も遅くまで執務に励んでいらっしゃったほどです。王太子殿下も社交続きで長らくお食事を共にしていませんので、お寂しいのかと」
誰かと一緒に食事を取る楽しさを、レティシアは学園に入学するまで知らなかった。公爵邸では一人で食事することが大半だったし、偶に父と席を共にしても沈黙が重くて仕方なかったからだ。アデラインの提案は嬉しいのだけれど、同時に不安もある。
「王妃様のお心遣いはとても嬉しいのですが、わたくしと二人きりで楽しいお食事になるのでしょうか……。殿下の代わりが務まるとは思えません……」
ウィリアムとなら華やかかつ和やかな食事になると思うけれど。彼のような話術はレティシアには荷が重い。アデラインを退屈させてしまうのではないだろうか。
レティシアが眉を曇らせると、女官長がクスクスと笑いをこぼした。父と同じ巌のような人物だと思っていたから、意外な反応に目を丸くしてしまう。
首を傾けると、女官長が目許を和ませた。
「失礼。微笑ましい悩みでしたので。王妃様はあの通り口数の多い方ですので、心配には及びません。適度に相槌を打つだけで和やかなお食事になるはずです」
「……適度な相槌、ですね。覚えておきます」
どの辺りが微笑ましかったのかは、謎のままだった。
「王妃様のイブニングドレスは臙脂色の予定ですので、被らないようご注意くださいね」
女官長の助言にありがとうございます、と微笑みながら、レティシアは公爵邸から持ち寄ったドレスを頭に思い浮かべた。色が被っていないイブニングドレスは五着あるので問題ないが。
モニカの顔が脳裏を過ぎる。念には念を入れておくべきか。
「女官長。実家から持ち寄りたい荷物があるのです。一筆したためますので、後で遣いを出していただけますか?」
「……かしこまりました。他にご用件はありますか?」
「今のところはありませんわ。下がっていただいて構いません」
女官長が出て行くのを見送ったレティシアは、ふわりと欠伸を噛み殺した。彼女と話しているあいだもずっと眠気と戦っていたのだ。
「大丈夫ですか?」
心配そうなドロシーに苦笑を向ける。
「学園に入学する前は明け方近くまで脳を酷使するのは当たり前のことだったでしょう? すぐに慣れるとは思うのだけど……」
モニカからの嫌がらせ対策をしていて、昨夜――というか、今日は明け方近くまで起きていた。睡眠時間は三時間ほど。ここ半年は規則正しい生活が続いていたから、ちょっと辛いかもしれない。
「無茶をなさってお身体を壊されては、元も子もありません」
「そうは言っても、使える時間が限られているのだもの。睡眠時間を削るのが一番効率的だわ」
「ですが……」
「心配しすぎよ、ドロシー。こんな無茶をするのは覚えるべきことを覚えるまで。永遠に続けるわけではないのですから」
「……私は、殿下にご相談すべきだと思います」
大きな瞳が恨めしそうに見つめてくる。
「先ほど女官長が言っていたでしょう? 殿下もお忙しいのです。なのでやはり、却下よ」
相談する気なんて皆無だけれど。仮に相談しようと思ってもウィリアムを捕まえるのは困難だと思う。彼は彼で国王と王妃の代理で朝から晩まで社交場に顔を出しているという話だから、そもそもが王宮に不在なのだ。昨日の夕刻は奇跡的に都合が付いただけ。だからこそ、誘いを断らざるを得なかったのは無念でならなかった。
「……眠気の取れるハーブティーを用意できないか、相談してきます」
「ありがとう」
渋々といった様子でドロシーが出て行った。彼女の苦言ももちろん理解できるから、レティシアは気合を入れ直す。
「寝不足でつまらない失敗だけはしないように気をつけないと……」
それこそ、本末転倒というものだった。




