第9話 宣戦布告
「申し訳ございません、レティシア様。ヘレネは現在、王妃様に拝謁しておりまして。すぐこちらに寄越すというのは、難しいかと……」
レティシアの部屋にやってきた侍女はそう言って、申し訳なさそうに頭を下げた。タイミングの悪さを残念に思いつつ、重ねてお願いしておく。
「わかりました。王妃様とのお話が済み次第、わたくしの部屋へ来るよう伝えていただけますか?」
従順に頷いた侍女が部屋を出て行くと、レティシアはため息を吐いた。考えないといけないことが増えてしまった。
ドロシーが淹れてくれた紅茶を味わいながら、思索に耽る。
ヘレネの証言があれば、伝達に誤りがあったことは証明できる。問題はその後だ。モニカの振る舞いが伯爵の指示だとすれば、レティシアを蹴落とすためにまた何か仕掛けてくるに違いない。
今後、王妃や宮女の目に留まらないような周到さで嫌がらせをされたら、面倒だった。
「公務に集中したいのに、モニカ様の動向にまで気を配らなくてはいけないなんて……」
ほう、と悩ましい吐息を漏らしたところで、部屋の扉が開いた。びっくりして肩を揺らしたレティシアは、入口に視線を向けて眉を顰める。
不躾な訪問者はモニカだった。
「……ノックもなしに入ってくるなんて、ここまで作法に無頓着なお客様は初めてですわ」
ソファに座ったまま、冷ややかに窘めてみる。苦言を無視して、モニカはゆっくりと部屋の中を見回した。
「私の客室とは随分違うのですね。婚約者としての見栄を張りたい、といったところでしょうか」
ぐるりと室内を見渡して、そんなことを言ってくる。内装に関して、レティシアは一切要望を出していないのだけれど。
キャビネットに並んだ陶器の人形を興味深そうに眺めているモニカの太々しさに、辟易としてしまう。
「お部屋の感想よりも、わたくしに言うべきことがありませんか?」
「言うべきこと?」
「自覚があるはずです。あなたがわたくしに嘘を吐いたことは、公務を共にしていた女官が証言してくれるでしょう。事実はまもなく露呈しますわ」
大きなエメラルドの瞳を真っ直ぐに見据えて、レティシアはたおやかに笑んだ。
「王妃様に正直に打ち明ける気はありませんか? 穏便に済むよう、わたくしからも口添えを――」
「レティシア様はおめでたい方なのですね」
可愛いらしい顔から飛び出したのは、随分と攻撃的な言動だった。
「宰相は非情な方だと聞き及んでいましたが……その娘は頭がお花畑だなんて、王妃様もさぞがっかりしたことでしょう」
深窓の令嬢とは思えない言葉選び。外見と中身の温度差に驚きつつ、レティシアは表情一つ変えずに首を捻る。
「品のない話はしたくありませんでしたが、ランドール家はアルトリウスと比べれば格が劣ります。その事実を踏まえた上で、情けをかけるのがおめでたいと言えますか?」
遠回しに立場を弁えてくださいね、という叱責に対するモニカの応えは、勝ち誇った微笑みだった。
「王妃様は咎めないと仰いました」
え、と。レティシアは目を瞠る。ふふ、と可憐な微笑を湛えて、モニカが続けた。
「それどころか私が何をしても、見て見ぬふりをしてくださるそうです。あなたは王妃様にとって、悪い虫さんなんですって。嫌いなあなたを追い出す大役を仰せつかったのが、私というわけですね」
誇らしげに並べ立てられる言葉。レティシアはただただ目を瞬かせる。
「王妃様から許可をいただいたので、この先レティシア様を苛め抜いて差し上げます。わざわざ忠告に来てあげたのですから、作法を説くより感謝をするのが礼儀というものではありませんか?」
「…………」
得意満面な様子でモニカが告げた。
「悪い虫を退治した暁には、私を王太子妃にしてくださるそうです。そういうわけですから、早いうちに婚約解消を申し出たほうが傷が浅くて済みますよ? 王太子妃になるのは、あなたじゃなくて私です」
楽しそうにそう締め括って部屋を出て行く彼女を、レティシアは無言で見送った。




