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【書籍2巻発売中】わたくしの婚約者様はみんなの王子様なので、独り占め厳禁とのことです  作者: 雪菜
第三章

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第5話 熱烈な歓迎

 後宮とは女の花園であり、きらびやかな衣装を纏った美女たちが王の寵愛を競い合う場所。男子禁制で、立ち入りが許されているのは国王のみ。華やかなのは上辺うわべだけ。水面下ではドロドロとした醜い争いが繰り広げられている。


 なんてことが、他国の文化について学んだ際、書物に記されていたが。ルクシーレの後宮はまったくの別世界だ。王族以外の男性も出入りが自由だし、執務が滞っていれば文官が容赦なく国王の私室に押しかけたりする。側室という概念が存在しないルクシーレにおいて、後宮は王族が生活する宮殿を示す。ただ、華やかな場という点では他国の後宮と遜色ないのではと、レティシアは思っていた。


 王妃アデラインの腹心である女官長――ブライユ伯爵夫人の教育が行き届いた宮女たちはみな美しく、所作が洗練されていて華やかな雰囲気を醸し出しているのだ。


 十二の月(ノーヴァル・ディア)の十二日。公爵家の侍女を一人伴って、レティシアは王宮へと向かった。


 貴賓室に通されたレティシアがじっと待つこと数分。重い音を立てて扉が開いたので、ソファから立ち上がる。


 入室してきたのはアデラインと彼女付きの女官だけではなく、傍らにウィリアムの姿もあった。視線が絡むと、彼は一瞬だけ親しげな笑みを向けてくれる。幼い頃から何度も訪れているとはいえ王宮の厳格な雰囲気はどうしても肩に力が入ってしまうから、柔らかな微笑みは見るだけでホッとする。


「よく来てくれました」


 威厳に満ちた王妃の声。レティシアは格式ばった挨拶をするため、膝を折った。


「ご拝謁賜り、光栄――」


 舌に乗せた口上は、きゃあ〜という歓声に遮られてしまう。声の主は他の誰でもない、王妃様。ぎょっとする間に距離を詰めたアデラインが、勢いそのままにぎゅうっと抱きついてくる。抱擁は一瞬のことで、細い指先が伸びてきたかと思うと、レティシアの頰を挟み込んだ。


「まぁまぁまぁ、まぁ」


 おっとりと垂れた目が、キラキラと輝く。


「レティちゃんは会うたびに美人さんになるわねぇ。セレスにそっくり! 私まで若返った気分になれるわ」


 人懐っこい笑みを浮かべて、アデラインが嬉しそうに言った。


 レティシアの実母であるセレスティア・アルトリウスは、アデラインにとって学園の後輩に当たる。王立学園の卒業生である二人は学年の違いがありながらも、大層親しかったとか。


 そのためか、昔からアデラインは恐縮するほどレティシアを可愛がってくれる。


「母上……」


 抱き潰され、されるがままでいるしかないレティシアを見かねたのか、ウィリアムが呆れた声音で母親を窘めた。


「レティが困っていますよ。母上の奇行で固まってしまっているじゃないですか」


 ウィリアムの瞳よりも深みのある青の双眸が不満そうに細まる。


「ウィルはいいわよねー。会おうと思えば学園でいつでも会えるんですもの。母の寂しさなんて、想像もつかないからそんなつれないことが言えるのだわ」


 恨みがましそうなアデラインの主張に、ウィリアムが穏やかに物申す。


「僕とレティが結婚すれば、いつでも会えるようになりますよ」

「…………」


 柔和な顔に微笑みを湛えたまま、アデラインはしばし沈黙し――レティシアから身を離した彼女はふふっ、と笑った。


「後宮にレティちゃんのお部屋を用意してあるの。案内するわね」

「王妃様におかれましては、常日頃から格別なご配慮をいただき――」

「堅苦しい挨拶は抜きにしましょう? さぁさぁ、こちらにいらっしゃいな」


 王妃自らが浮き浮きと先導してくれる。いつもの調子といえばいつもの調子ではあるけれど。こんなにも砕けた対面でいいのだろうか。戸惑うレティシアに向けて、ウィリアムが困ったように微笑む。


「ごめんね、気にしなくていいから。行こう?」


 差し伸べられた手を取り、彼にエスコートされる形で煌びやかな回廊を進んでいく。


 案内された部屋は、年頃の令嬢の私室といった風に仕上げられていた。白を基調とした壁紙や家具。薄桃色の絨毯。上品なレースと刺繍で飾られたソファ。他の客室と様相の異なる部屋からは、アデラインの気遣いが窺い知れた。


 毛足の長い絨毯を踏み締めて部屋に入ったレティシアは、自身の背丈よりも高い大きな本棚に興味を惹かれた。タイトルが異国の文字で綴られた背表紙のものが多く並んでいる。


「レティちゃんは最近小説に熱を上げていると聞いたから、外国の本もたくさん用意したの。どれも、王国では滅多に手に入らない原書なのよ?」


 アデラインが上機嫌に語る。


「レティちゃんの滞在がもっと早くに決まっていたら、ドレスも装飾品もこちらですべて用意したのだけれど……私好みに仕立てたかったわぁ」


 残念そうに吐息を漏らした王妃は、すぐにほわほわとした笑みを浮かべた。


「気に入ってもらえたかしら?」

「とても気に入りました。公務でお招きいただいたことを失念してしまいそうです」

「公務といっても堅苦しいものではないわ。女官の提案に頷いて必要な書類にサインをするだけ。クラウスの仏頂面を忘れて、肩肘張らずに伸び伸び過ごしてくれればいいの」


 父は婚約者の交代を視野に入れていると仄めかしていたが。アデラインは変わらず好意的だから、拍子抜けしてしまう。父の独断であって、王妃にその気はないのか。


 ウィリアムは新しい婚約者候補の話を聞いているのだろうか。ちらりと窺ってみても、王太子は穏やかな面持ちで二人のやり取りを眺めているだけ。


 いつも柔和な笑みを湛えているウィリアムの顔色は読み難いから、判断がつかなかった。


「今日のところはゆっくり過ごしてちょうだいな。明日の午前中にランドール伯爵令嬢が到着予定なの。気が合うようなら将来、レティちゃんの側仕えにさせるつもりでいるから顔合わせの機会は早々に設けるわね」


 レティシアの後任候補ではなく、あくまで側仕え。クラウスの忠告を忘れてしまいそうになるくらい、アデラインの言はどこまでも歓迎的なのだった。

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