第15話 心配事
「アルトリウス公爵令嬢が、どんな人物か?」
アダム・ラドフォードは、予想もしていなかった話題に目を瞬かせた。
向かいの席では朝食に手をつけることもせず、ブライア侯爵家の三男ハルトが大真面目な顔をしている。
「そんなの、殿下に直接尋ねればいいじゃないか。君と殿下の仲なら、野暮な質問だって咎められたりしないだろ?」
離れた席で朝食をとるウィリアムを目で示すと、ハルトが慌ててダメだって、と言ってくる。食堂に入ってきた時から、彼はなんだか挙動不審なのだ。
不思議に思いつつ、そういうことかと合点がいく。普段は王太子にべったりでアダムと親しくもないハルトが今朝に限って声を掛けてきた理由。アダムが第一男子寮の生徒で唯一、アルトリウス公爵令嬢と同じクラスだからだろう。
ハルトに限らず、この寮でアダムが親しくしている生徒はいない。
王立学園の男子生徒は七百名以上にも及ぶが、第一男子寮に属しているのはたったの二十名。王族であるウィリアムを筆頭として、王国でも屈指の家柄を誇る公爵や侯爵といった名家の出ばかりが集っている。一人であれば使用人の同伴まで許可されているのだから、第一男子寮と第一女子寮は規格外だ。
アダムの実家であるラドフォードは伯爵位を戴いている。歴史だけは古いので由緒あるといえばそうなのだが、現代の貴族社会では影が薄く、同じ伯爵でも政の中枢を担うサーペント家の嫡男アレクシスとは雲泥の差。
他寮と違って一人部屋なのは楽だけれど、肩身が狭いのも事実。食堂の隅っこで一人、黙々と食事をとるのが常だった。
そんなだから、ハルトが話し掛けてくれたのは嬉しいし、頼ってもらったからには力になりたい。だが、語れるほどレティシアという令嬢のことを知らないので困ってしまう。
「昨日さ……ウィル様、酷い有様だったじゃん?」
あぁ、と相槌を打つ。
昨日の夕方頃、寮に帰ってきたウィリアムは泥だらけで、寮内を騒然とさせた。アダムは遠巻きに窺っていただけだから、詳しい事情はさっぱりだ。
「そのことと、公爵令嬢を気にするのと、どんな関係が?」
「ウィル様はうっかりして池に落ちただけって笑ってたんだけどさ、なんか怪しい感じがするっていうか。公爵令嬢に何かされた可能性とかもあるんじゃないかって思うんだよね。ウィル様、人が好いし……婚約者ってだけで庇いそうじゃん?」
雨上がりで地面がぬかるんでいれば、足を滑らせることもあるだろう。だが、ここ数日は晴れ続き。うっかり池に落ちる絵面は想像し難く、ハルトの言う怪しい感じは、わからないでもなかった。ただ、それだけで婚約者を庇っていると捉えるのは、想像が飛躍し過ぎている気がした。
「ちゃんとした根拠もあるんだって」
アダムの胡乱な面持ちを見て、ハルトは慌てたように言う。
「ウィル様、俺との約束を反故にしてまで公爵令嬢に付き合ったんだよ。ウィル様は忘れてたって言ってたけど、絶対に俺との約束が先だったと思うんだ。ウィル様、二重約束にはすげえ気をつけてるし。いつもなら俺との約束を守ってくれたはずなのに公爵令嬢を優先したのってさ、そうせざるを得ないくらい我儘な人だからなんじゃないかなって」
レティシアはとても可憐な令嬢だ。クラスの男子生徒がひそかに彼女を目で追っているのを、アダムは知っていた。ただ、みんな口を揃えて目の保養枠、と言う。身分の高さや王太子の婚約者という立場が親しくするのを尻込みさせるのだが、要因はそれだけじゃない。なんというか、近寄り難い独特な雰囲気があるのだ。常に圧を感じるというか。ふわふわ笑っているのに不思議な話だけれど。
「我儘、か……。どうなんだろう? 俺はよくわからないご令嬢としか答えられないな。申し訳ないけど」
「そっかぁ〜〜」
がっかりしたように肩を落とすハルトに、アダムは首を捻る。
「でもさ、それを知って君はどうするんだい? 仮にアルトリウス公爵令嬢の人柄が褒められたものじゃなくて、裏では殿下を困らせているとしたら……」
「決まってるじゃん。俺が公爵令嬢にビシッと注意してやるんだよ。政略結婚だから我慢も必要かもしんないけど、性悪な婚約者に振り回されるなんて、ウィル様が気の毒だ」
余計なお世話なのではないかと思ったが、事実がハルトの懸念通りなら、物腰穏やかなウィリアムの性格上、有り難かったりするのだろうか。
常日頃からウィル様、ウィル様、と王太子に纏わりついているハルトだ。そんな彼だから、ウィリアムが婚約者から酷い仕打ちを受けているのではないかと心配で、居ても立っても居られないのだろう。
アダムはふと、レティシアと一度、正面から目が合ったことを思い出した。あの時レティシアは、アダムの恋人であるルーシーに自ら声を掛けていた。ルーシーの口からレティシアの話題が出たことはないが、実は親交があったりするのかもしれない。
「そんなに気になるなら、俺の恋人に訊いてみようか? 俺よりは詳しいんじゃないかな?」
思いついた時には、そう口にしていた。ハルトは目を輝かせて助かるよ、と飛びついてくる。
「初めて話したけど、お前っていいやつだったんだなー」
ニコニコと笑うハルトは、同学年でありながら弟のよう。アダムの目には微笑ましく映った。




