第9話 大丈夫です
重々しい音を立てて扉が閉まるのを見送ったレティシアは、ポツリと呟く。
「相変わらず、よくわからない方ですわ」
「アレクなりにレティを心配しているんだよ。王太子の婚約者である君が生徒指導室に呼ばれたなんて噂が広まりでもしたら、口さがない人たちだって出てくるかもしれないし」
「心配、ですか。心配……?」
どこをどう好意的に解釈すれば、そうなるのだろう。
「レティとアレクは結構似てると思うけどな。ひねくれているように見えるだけで、根は単純というか。レティ以上にアレクは本音が見えにくいかもしれないけど」
「ひねくれているだなんて、わたくしはウィル様の素直で可愛い婚約者です」
「あぁ、うん。僕の前ではね。それで、何があったの?」
この話題をこれ以上続けると藪蛇になると思ったのか、ウィリアムが強引に本題に入った。
「ええと、そうですね。どこから話しましょうか……」
ルーシー・ハーネットに悪感情を持たれていること。お茶の時間に起きた諍い。ロッカーに入っていた手紙。踊り場に倒れていたルーシーと、逃げ去って行った女子生徒たち。
一通り事情を説明すると、ウィリアムはなんとも言えない顔になった。
「レティらしいといえば、レティらしい経緯だな……。君は余程のことがない限り動じたりしないから、手応えのなさが逆に手口を激化させるんだろうな。それにしても、きっかけが秋季試験とはね」
「こんなことになるなら、小細工はやめておけばよかったですわ……」
後悔しても今更遅いが、あんな手の込んだ嫌がらせを受けるほど恨まれるきっかけになるなんて、想像もしていなかった。
しゅん、と肩を落とすレティシアに、ウィリアムが優しい微笑みを向けてくれる。
「僕は可愛いらしい反抗だなって思ったけどね。事情を知らない第三者が反感を持つのも、わからなくはないけれど。レティの意図はちゃんとわかるよ。公爵がどこまで君を理解しているか、試していたんだろう?」
我ながら、子供っぽいことをしたと思っている。
ウィリアムとの面会以外で屋敷の外にすら出してくれなかった父が、何を考えてレティシアを学園に通わせる決断を下したのか。
直接尋ねる勇気はないから、試験で父の反応を窺ってみることにした。完璧な点数でなければ叱られるのか。それとも、わざと平均点を取るレティシアの能力を汲み取って、お説教はしないのか。父がレティシアにどこまでの興味を持っているのか、何か見えたりするんじゃないか、なんて。
「夏季休暇で帰省した際、公爵は何か言っていた?」
「成績表は父の執務机に置いておきましたが、無反応でした。わたくしへの興味は……やっぱりないのだと思います」
子供の頃は父に褒めて欲しくて一生懸命だったけど。あの頃ほどの熱はもうない。時々試して、無反応でやっぱりな、と思うくらい。
「そんなことないよ。言っただろう? 本当に興味がなかったら君を学園に通わせていない。レティを信頼しているから、何も言わないんだよ」
「性根のねじ曲がったアレクシス様に対してといい、ウィル様は何事も好意的に解釈し過ぎですわ」
レティシアが頭を振ると、ウィリアムはそれ以上、父については言及しなかった。彼自身、自分の言にそこまで自信を持っていないのかもしれない。
「……そんな僕でも、ハーネット男爵令嬢たちのことは好意的に見れないけどね」
レティシアが生徒指導室に呼び出されたことで溜飲が下がっていればいいけれど。お咎めなしで終わって、更に嫌がらせが過激なものになる可能性だってある。高を括っていられる段階はとっくに過ぎていた。
「ハーネット男爵令嬢と、しっかり話し合います。彼女がわかってくだされば、事態は収まると思うのです」
おそらくアニーたちは、矢面に立つのがルーシーだからレティシアに嫌がらせをできただけ。表立ってレティシアに喧嘩を売る度胸まではないと思うのだ。
レティシアが自信ありげに微笑むと、ウィリアムは心配そうに表情を曇らせる。
「アレクの助言を聞く気はない?」
アレクシスはウィリアムに甘えればいいと言っていた。それがレティシアの特権だと。だが――。
「ウィル様では、死体蹴りになるといいますか、流石にちょっと……わたくしが悪役令嬢になってしまいますので」
逆恨みというわけでもなく、ルーシーがレティシアに腹を立てている理由はまっとうなもの。これに関してはレティシアが悪いのだから、ウィリアムに甘えるのはずるいと思うのだ。
「ウィル様の婚約者ですもの。級友との諍いくらい、自分の力で鎮めてみせますわ」
大丈夫ですから、とレティシアは言い張った。




