第8話 ウィリアムの親友
ウィリアムの後に続く形で生徒会室に入ると、広い部屋に男子生徒が一人残っていた。
だらけた姿勢でソファに座っているのは、レティシアにとって顔見知りの青年だ。
目立つ深紅の髪は後頭部のひと房だけが長く伸び、馬の尻尾のよう。顔立ちは華やかなのに、琥珀の瞳が不機嫌そうに尖っているせいで、柄の悪い印象しか残らない。
宰相補佐の役職に就くサーペント伯爵の第一子。アレクシス・サーペント。
四年生の彼はウィリアムと同学年だが、年は一つ上の十八歳。王太子の幼馴染であり、自他共に認める親友殿。十一歳の時にウィリアムから紹介され、それから王宮で何度か顔を合わせた。友人と呼べるほど気安い仲ではないけれど、まったく知らない人でもない。
「まだ残ってたんだ」
「お前が鞄を置いて出て行ったから残らざるを得なかったんだよ。鍵持ってんのはウィルだから施錠もできねぇし。勝手に入ってきた奴が王太子様の私物だ〜って目を付けて、盗まれでもしたら大変じゃん?」
「んー? 気遣いは有難いけど、流石に杞憂じゃないかな?」
「千人以上の生徒が居たら、中には常識で計れない人種も居るんだって。ウィルは警戒心がなさ過ぎ」
「アレクが斜に構え過ぎてるんだよ」
レティシアの前では年上らしく落ち着いたウィリアムも、気心の知れたアレクシスの前では幼げな一面を覗かせる。微笑ましいやり取りを見守っていると、アレクシスがこちらを見た。
「久しぶりだな、レティシア」
「ご無沙汰しております、アレクシス様」
彼ときちんと言葉を交わすのは、いつ振りだろう。よく覚えていないが、結構久しぶりだと思う。たぶん、一年ぶりくらい。
にっこり笑って会釈すると、アレクシスは渋面になる。
「相変わらず、胡散臭い笑顔だな」
レティシアは、笑顔を深めた。
「……将来の宰相と目され、結婚相手として優良物件とも名高いアレクシス様ですのに、女性の扱いは相変わらずの残念さですわね。ウィル様という素晴らしいお手本が身近にいらっしゃいますのに……学習するには意欲が必要ということが、よくわかります」
「おい、ウィル。どこからどう見てもいつものレティシアじゃん。入学してから人当たりがよくなったとか言ってたけど、どこがだよ。安定の皮肉屋じゃねぇか」
「今のはアレクが悪いよ。地雷を見事に踏み抜いてる」
冷ややかなウィリアムの返答に、アレクシスは不満そうに顔を顰めた。
「お前に言わせれば、悪いのはいつだって俺じゃんか。レティシアより俺の肩を持ったことが、一度でもあったか?」
「それがわかってるなら、初めから聞かなければいいと思うよ」
どこまでも容赦ないウィリアムが、レティシアの手を引いた。促される形でレティシアがアレクシスの対面に腰掛けると、ウィリアムは彼の隣に座る。
「生徒指導室に呼び出されたらしいが、その調子でカナーバ先生にも噛み付いたのか?」
「……否定は、しません」
痛いところを突かれてレティシアが項垂れると、困ったように頬を掻くウィリアムの横で、アレクシスが声を上げて笑った。
「お前、見た目とは裏腹にかなり気が強いもんなー。頭が回って口が達者な分、余計にあの人と相性悪そう。水と油みてぇ」
「……非がなくとも、表面上は反省の色を見せるべきだったのでしょうか?」
「どんな理由で呼び出されたのかは知らないが、殊勝な態度で臨んだらそれはそれでつけ込まれるぜ? 後ろ暗いところがあるのを認めたも同然だ〜ってな」
「……では、どうすればよいのでしょう?」
「呼び出された時点で詰み。今後も目をつけられるのは必至。生徒指導室に呼び出されたってだけでもいやーな感じで噂になるし。日頃の行いって大事だよなー」
「…………」
言い方はともかく、アレクシスの言は正しい。レティシアが軽率だった。
「アレク」
「はいはい。邪魔者はさっさと消えるよ」
立ち上がった彼は、ふと思い出したように言う。
「まあでも? ウィルを頼れるのがレティシアの特権だから。年相応に甘えとけば? まだ十四歳ってのと根っこの気性も含めれば、正しさを曲げれないってのはわからないでもないし」
最後の最後にちょっとだけ真面目な顔で付け加えて、アレクシスは生徒会室を出て行った。




