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【書籍2巻発売中】わたくしの婚約者様はみんなの王子様なので、独り占め厳禁とのことです  作者: 雪菜
第二章

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第6話 生徒指導室にて

「弁明はありますか、レティシア・アルトリウス」

「弁明、と言われましても……」


 眼鏡の奥の鋭い瞳を、レティシアは困惑と共に見つめ返した。


 ローテーブルを挟んで向かいのソファに座るのは、ヘレン・カナーバ。五十半ばを超えた彼女は第一女子寮の寮長であり、生徒指導の担当もしている。素行に問題のある生徒を厳しく注意するのが彼女の役目。つまり、レティシアは素行に問題ありと見做されたのだ。


「わたくしは、呼び出された理由すらよくわかっておりません」

「名前は伏せますが、生徒たちから告発がありました。あなたがルーシー・ハーネットを階段から突き落とす光景を目撃した、と」


 この説明だけで、レティシアはすべてを理解した。嫌な予感ほど当たるのはどうしてなのか。


「話を聞いた段階では半信半疑でしたが、念のためルーシー・ハーネットに確認を取ったところ、彼女は右足に怪我を負い、アルトリウス公爵令嬢に階段から突き落とされたと打ち明けてくれました。事故ではなく、故意に背中を押されたと。これを踏まえて、あなたに申し開きはありますか?」

「そのお話は、事実無根ですわ」


 きっぱり言い切ると、ヘレンの顔が不愉快そうに歪んだ。その表情に、レティシアは落胆する。弁明を求めながらも、ヘレンはレティシアの言い分を聞く気がないとわかったからだ。


「彼女たちの証言が嘘だと? ルーシー・ハーネットの怪我は痛ましいものでしたよ。ひどい青痣になっていました」

「わたくしが居合わせた時には、ハーネット男爵令嬢はすでに踊り場に倒れておりました。どういった経緯があってそうなったのかは分かり兼ねますが、その場から駆け去っていくアニー・クライネ、ベル・ベレッタ、マリアン・ケーリッヒ。この三名の姿は目撃しておりますわ」


 ヘレンの眉がぴくりと動くのを、レティシアは確かに見た。告発者というのは、十中八九、あの三人の女子生徒だろう。だからヘレンは反応したのだ。


「突き落としたのは、彼女たちだと? 苦しい言い訳ですね。そうであるなら、ルーシー・ハーネットはその中の誰かの名を挙げるはずです」

「では、結託してわたくしを貶めたかったのでしょう。今こうして先生から疑われておりますので、彼女たちの企みは見事に成功したわけですね。狂言ではなく実際に怪我を負ってみせたハーネット男爵令嬢の勇猛さが、実を結んだのでしょうか」


 ルーシーがアニーたちに脅されてレティシアの名を挙げた可能性も、なくはないけれど。彼女たちの利害は一致していそうだから、レティシアが口にした考えのほうが真実に近いとみた。


「どちらの証言が事実なのか、私には判断のしようがありません。ですが、レティシア・アルトリウス。あなたのその態度は褒められたものではありませんよ。このような騒ぎを起こしておきながら、反省の色がまったく見えません」

「形だけの反省が、褒めていただける態度なのですか?」


 レティシアは目を瞠る。


 ルーシーが負った怪我に、レティシアは無関係だ。嫌な予感がしながらも嵌められてしまったのは反省すべき点だが、それ以外に非はない。


 頰を引き攣らせて、ヘレンが語調を強めた。


「反省の意を示す気はないと?」

「反省すべき点がありません。ないものを示すことはできませんわ」

「先ほどから、あなたの態度は私への敬意に欠けています。不遜な言動の数々も、反省すべき点には入らないと?」

「先に敬意を欠いたのは、先生です」


 レティシアの返答に、ヘレンは不意を打たれたように目を瞬かせた。


「教師という立場である以上、こういった件は、双方の言い分に耳を傾けた上で慎重に事実を見極めるべきではありませんか? だというのに、先生は最初からわたくしを疑っておいででした。身に覚えのないわたくしからすれば、ひどい侮辱です。わたくしに敬意を示せというのであれば、先生もわたくしに敬意を払って然るべきです」

「あくまで、非を認める気はないと?」

「わたくしは潔白です。ハーネット男爵令嬢を害してなどおりません」


 こういう時、ヘレンの望む通りに殊勝な態度で否定するのが、世渡りというものなのだろう。先日のお茶の件もそう。頭ではわかっているのだ。わかっているけれど、レティシアにとって自分を曲げることは、簡単にはいかなかった。


 ヘレンが盛大なため息を吐く。


「話になりませんね。次期王妃となるあなたですから、級友との諍い自体が恥ずべきこと。それを堂々と……。あなたの醜聞は、殿下の名誉にも関わってくるのですよ?」

「誰の名誉ですって?」


 割って入った涼やかな声に、レティシアは息を呑み、ヘレンは弾かれたように立ち上がった。


 戸口に、いつの間にかウィリアムが立っていた。白熱し過ぎて、扉が開いたことに二人とも気づかなかったのだ。夕日に照らされた佇まいがいつもより眩しく思えて、こんな時だというのにレティシアは見惚れてしまう。


「殿下! 無断で入室するとは――それが王族の振る舞いですかっ!」


 ヘレンの叱責は、相手が第一王子であっても容赦なかった。


「ノックをしても応答がなかったので、心配になって覗いてみたのですが……この分だと、ノック自体が聞こえていなかったみたいですね。以降、気をつけます」


 しゅん、と項垂れるウィリアムは子犬みたいな愛らしさ。女心をくすぐられない女性など存在するはずなく、ヘレンは弱ったようにたじろぐ。


「僕の婚約者が生徒指導室に呼び出されたと聞いて、居ても立っても居られずに押し掛けてしまったのですが……。彼女が、何か問題を起こしたのですか?」


 ヘレンに訊ねながら、ウィリアムが近づいてくる。掠めるように背中に触れた優しい熱に、レティシアは背後に立ったウィリアムを振り仰いだ。


 彼はレティシアを見ない。それでも、一瞬だけ背中を撫でてくれた手のひらが、大丈夫だよ、と告げている気がした。


「彼女が故意に級友を階段から突き落としたのです。その級友は足首を捻挫し、レティシア・アルトリウスに背中を押されたと訴えています。その光景を見ていた生徒も数人おりますから、公爵家の令嬢といえど、厳しい処罰を免れることはできません」


 ヘレンの言葉にじっと耳を傾けていたウィリアムが、静かに告げる。


「潔白な僕の婚約者を冤罪で退学にしようものなら、カナーバ先生にも相応の処分が下されますが……その覚悟があっての発言ですか?」


 そこで初めて、ヘレンが狼狽えた。


「殿下はレティシア・アルトリウスが潔白だと仰るのですか?」

「彼女のことは、婚約者である僕が学園の誰よりも知っています。級友に意図して怪我を負わせるなんてこと、するはずがありません」


 ウィリアムの断言に、ヘレンは思案するように黙り込んだ。眼鏡の奥の瞳はしばらくの間ウィリアムを見つめていたが、やがて。


「……わかりました。殿下がそこまで仰るのであれば、今一度、事実確認を行います。綿密な調査を行なった上で、沙汰を下しましょう」


 ヘレンは、あっさりと意見を翻した。


(ウィル様とわたくしの人望の差……)


 ウィリアムが弾んだ声で言う。


「よかった。それでは、彼女を連れて退室しても?」


 首肯したヘレンの眼光が、レティシアを射抜く。


「事実がどうであれ、あなたの態度にも問題はあります。改める努力をなさい」

「……はい」


 言わなくていいことを言った自覚は十分にあったので、レティシアはそう応えた。

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