第4話 助けてください
レティシアの決意も虚しく、ルーシーと話す機会は巡ってこなかった。放課後すぐに彼女は教室を出て行ってしまい、追いかけた時にはもう姿を見失っていた。寮の部屋を訪ねてみても応答はなく。
翌日、今日こそはと意気込んで登校したレティシアは、教室にルーシーの姿が見えなくて落胆した。一限目の教材だけ机に置き、鞄をしまおうとロッカーの扉を開けたレティシアは――あら、と目を瞠る。木製の棚の中に、四つ折りになった紙片を見つけたのだ。
首を傾げつつ、手に取ってみる。どうやらノートの切れ端らしい。シワが刻まれた紙には、
『レティシア・アルトリウス様。昼休み。特別棟の西階段。十三時に四階の踊り場にて。助けてください』
と書かれていた。
名前は記載されておらず、日付も記されていない。流石に今日の昼休みだとは思うが。
「あら、まぁ」
助けを求める謎の手紙に、レティシアは頰に手を添える。
誰かがレティシアに助けを求めているのであれば、力になってあげたいとは思う。だが、この学園で匿名で頼られるほど、レティシアの名声は高くない。
純粋に救いを求めているというより、何か悪意が隠されているのではと考えるほうが妥当な気がした。気がしたが――。
「何事も、疑って掛かるのはよくないでしょうか……?」
ここは策謀渦巻く王宮ではないのだ。大多数は純粋な心根を持つ少年少女が通う、王立学園。
紙片を制服の胸ポケットに仕舞い、レティシアは呼び出しに応じてみることにした。
◆◆◆◇◆◇◆◆◆
いつも通りメリルと昼食を共にし、食堂で別れたレティシアは、特別棟に向かった。
美術室や実験室といった、いわゆる特別教室を主とした特別棟は、三階からは部室が並んでいる。放課後を除けば、基本的にはひと気が薄い。
そんなだから、人の話し声というのはよく通る。三階まで上がったところで、レティシアは言い争う声に気づいた。
あなたのせいよ、とか。どう責任を取るつもりですの、だとか。
憤りを孕んだ女子生徒の声は、よく耳を澄ませてみると聞き覚えのあるものだった。
眉をひそめたレティシアが更に階段を上がっていくと。
「キャ――っ!」
甲高い悲鳴が聞こえたかと思うと、何かが転がり落ちる物音が響いた。
ぎょっとしたレティシアは、慌てて階段を駆け上がる。すると、踊り場に倒れ伏す女子生徒の姿が見えた。癖のあるブルネットの髪が揺れ、階段を転げ落ちたらしき彼女はのろのろと身を起こす。どこかを痛めたのか、床に座り込んだまま、苦悶の表情を浮かべているのは――。
「ハーネット男爵令嬢?」
ルーシー・ハーネットの姿にレティシアが驚いている間に、上から足音が降ってきた。
膝下丈のスカートを忙しなく翻し、駆け下りてきた三人組の顔もまた、見覚えのあるもの。
昨日、お茶の時間にレティシアと一悶着あった、隣のクラスの令嬢たちだ。
レティシアと目が合うと、彼女たちは青褪めた顔をさっと逸らし、そのまま階段を駆け下りて行ってしまった。




