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わたしの愛した彗星  作者: 水埜アテルイ
太陽の物語
97/105

第97話 懐かしい人たち

 少し遅れてしまっている。


 今日は成人の日で成人式があったのだが私は行かなかった。私の実家に近い会場には小中学校の同級生しか集まらないとわかっていたし、振袖も面倒だったから欠席した。その代わりに彗の眠る病院に行った。今日は高校の同窓会の日でもあった。きっと彗のことを訊かれるだろうから一目見ておこうと思ったのだ。


「今日は成人の日。夕方から同窓会がひらかれるわ」


 やっぱり成人式は行かなくてよかった。振袖で病院を歩いたらとても目立って居心地が悪かっただろう。


「あとね、いよいよ今週の土日は宇銀さんの大学受験、センター試験よ。きっとあの子なら大丈夫。すごく賢い子だから」


 彗は痩せた。運動していないから仕方ないけれど、彼の体積の減少は私の不安を煽る。手だってあまり温かくない。しかし彼は眠ったまま3回目の冬を迎え、体調も問題ないと聞いている。

 

「ごめんなさい、少し今日は忙しいの。また来るわ」


 病院を出た後、私は駅前のスターバックスに行った。

 飲み物をテーブルに置いたらすぐ鞄から分厚い原稿を取り出した。校正者から指摘された部分を最初から最後まで修正しなければならないのだ。昨日の夜に届いたばかりでまだ手を付けていない。

 私はその修正作業を夢中でやった。赤ボールペンを持ち、指摘部分を悩み考えながら修正する。この作業は整理整頓をしているみたいで楽しくもあり、スッキリするものだった。とはいえ大量にあるから苦労はする。

 



「あ、やば……」


 気付けば同窓会が始まる数分前になっていた。遅刻確定だ。私は原稿を鞄にしまいながら鶴に電話した。


「ごめんなさい、少し遅れるって伝えて」

「アリナの他にも何人かまだ来てないから大丈夫だよ。アリナ遅れるって!」


 電話越しに盛り上がる歓声が聞こえた。なんだか行きづらい気分になる。

 走って行こうと思っていたけれど普通に歩いた。店は国分町にあるから遠くはない。成人の日らしく街には振袖やスーツを着た男女の集団がちらほら見られた。私はカジュアルなコートに中は黒シャツでお祝いには向かないファッションだった。

 目的地のバーに到着。ドアを開けるとカランと鐘が鳴った。こっそり入るつもりだったのに失敗だ。同級生らは、特に男子陣は私を見るなり大袈裟なくらいに騒ぎ始めた。謎の拍手も上がり始めるし。

 私は苦笑いのまま頭を小さく下げつつ手招く鶴の隣の席に座った。


「懐かしい顔がいっぱいね」

「もっとアリナが遅れてたら大変だったよ! さっきから男子陣がアリナのことでうるさかったんだから!」


 面々は高3の時のクラスメイトだ。

 2年しか経過していないのに懐かしく思う。何も変わっていない人もいれば、名前を聞かないとわからない大変化をした人もいて、彼らと同じ制服を着たあの3年間が遠い昔のように感じた。

 店内はお洒落なバーのような雰囲気で貸し切りだった。食べ物は各自テーブルから皿に取るビュッフェ形式。私はピザやサラダが気に入った。それらを食べながら女子の輪の中で話を聞いた。実は誰それが好きだったとか、あの時はあーだったとか、あの教師はもういないだとか、そんな思い出話や近況話が飛び交った。


 しばらくするとお酒が入ったせいかみんなの声量は上がっていった。私はお酒はあまり飲まず、烏龍茶ばかりを飲んでいたから酔っていない。始めは様子を伺うようにしていた男子たちはもう勢いに任せるように女子陣に混ざって談笑していた。


 私はそんな光景を見て、やっぱり彗を想うのだった。彼がここにいたらもっと楽しかったのにと心の中で呟いた。彗のことを訊いてきた人はもちろんいた。敏感な話だから私が「まだ寝てるわ」と返すとだいたい話はそこで終わった。

 ふと視界に田中まさおの姿を捉えた。彼は相変わらず身体が大きく、壁際の席にひっそり座っていた。彼とは体育祭で濃い時間を過ごしたが、以降はほとんど話さず卒業した。私は思い切って彼の近くに行って話しかけてみた。


「私のこと覚えてるかしら」

「もちろんです。体育祭は僕の一生の思い出なので」


 彼は高校時代よりさらに凶悪な体格に変わっていた。重機そのものと言えるほどに。変わっていないのは五厘狩りくらいだ。


「今は何しているの?」

「大学でもう一度柔道をやっています。帰宅部じゃなくなっちゃいました」

「どおりで。やめた柔道をまた始めたのね」

「彗くんのおかげです。あの体育祭でまた柔道をやる勇気をもらえました。オリンピック目指して毎日頑張ってます」


 当時の彼は内向的だった。いつも自信なさそうに視線を下に固定して歩いていた。そんな彼を彗は必死に褒めて伸ばそうとしていた。今でもあの夕暮れの光景は鮮明に覚えている。


「あの……彗くんのこと、何か知ってますか」

「まだ眠ってるわ。駅から近くの総合病院でね。今日も行ってきたけれど相変わらず静かに眠っていたわ」


 私の返答に彼は目を伏せ、唇をかんだ。


「僕、彗くんにお礼を言いたいんです。たった数週間の練習でした。でも彗くんから大切なことを教わったし、胸を張って歩けるようになりました。正直、今日同窓会に来たのは彗くんに改めてお礼を言うためでした。言いたかったんですけど……すごく残念です」

「あなたも私も同じよ。彗には色々言いたいことも教えたいことも、訊きたいこともたくさんあるから残念ね」

「すみません、せっかくの同窓会なのに。アリナさんが一番辛いのに――」

「気にすることないわ」


 私は彼の言葉を断ち切るようにそう言った。

 一番辛いのは彗の家族だ。彗の両親、宇銀さんの3人が一番辛い思いをしている。私はただ一方的に好意を向けている女。ただそれだけの……女なのよ。


「他の帰宅部員はどうしてるのかしら。鷹蔵、栄治、凛音。元気にしてるかしらね」

「鷹蔵くんはエリートの道を歩んでるだろうなぁ。栄治くんもゲーム続けてそうだし、凛音さんは……僕にはわからないです」

「ふふ。また会えるわよ。願っていれば現実は変わるわ」



 お酒の力は恐ろしいもので、人の理性を簡単に霞ませることができる。

 私は流れで男女の恋愛話に巻き込まれ、論理の壊れた会話の中心になってしまった。台風の目だ。私を中心にして周りがぺちゃくちゃ喋る。俺はアリナ推しだ、鶴推しだ、とかふざけた告白を私にしてきた。私はなんとか言い訳を付けて席を立った。適当に料理を取ろうと思って向かうと、アルコールで顔面を真っ赤にした男が私に声をかけた。


「おい日羽! 好きだったぞ!」

「知ってるわ。あなたのこと1年のときに振ったもの」


 鷹取真琴は胸を押さえて片膝をついた。片手にはジョッキがあってまだ飲むつもりらしい。面倒な泥酔男が来たなぁと思ったけれど懐かしさに負けて話し相手になってやった。それに彼は彗の親友だ。彼も彗のことを知りたいに違いない。

 しかしそう簡単には教えない。からかってやる。


「そういえばあなた流歌と付き合っていたのよね」

「—―やめてくれ」

「別れたって聞いたわよ」

「ああああ! 別れちまったんだなぁ!!」

「どうして?」

「……俺、忙しかった。料理の専門。でもあっちは俺より時間あった。すれ違い、そう、すれ違い増えた」

「もうわかったからいいわ」

「日羽、好きだ」

「それ以上言ったら警察呼ぶわよ」

「まぁ無理だってわかってるし冗談だから気にせんでくれ……俺ビビったわ。日羽が更にスゲー綺麗になってんだから。あ、やばい、トイレ」

「早く行きなさい。もう帰ってこなくていいわ」

「好きです」

「殴るわよ」


 本当に酔った人間って面倒。私は料理に目を落として会話拒否アピールをした。


「最近、彗に会いに行った」


 再び真琴に視線を戻すと彼の表情はすっかり真面目になっていた。顔は赤いが酔いが吹き飛んでしまったのかと思うくらい真剣な眼差しになっていた。


「早く起きろって言ってきた。もう2年経ったぞって」

「私も今日行ってきたわ。あなたたちに聞かれると思ったから最新の彗を見に行かなきゃと思ってね」

「まだ待つのか?」


 その言い方に私の心はざわついた。


「よかった。そんな恐ろしい顔になれるってことはそういうことなんだな。ついでに彗にこうも言ってきた。お前が早く起きないと絶世の美女が孤独死するぞってな」

「そんなバカな女は知らないわね」

「俺はバカじゃないと思うけどな」

「そうかしら」

「普通の人間には耐えられないよ。待ち続けるのは難しい。最悪の結末ばかり考えちゃっておかしくなる。俺なんか流歌と別れただけで1ヵ月くらい鬱っぽくなったんだぞ。日羽は起きるかわからない相手を2年以上も待ってさ……これからも待つんだろ? 手を組んで永遠と待ち続けるなんて誰にでもできることじゃない」


 言いたいことを言い切ったのか、彼はジョッキをテーブルに置いてトイレに行った。


「良い友人を持ったわね」


 私はくすっと笑ってそう呟いた。

 彼とはそれっきりでもう話さなかった。またどこかで会える気がしたから。

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