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わたしの愛した彗星  作者: 水埜アテルイ
太陽の物語
96/105

第96話 勝てない女

 12月。

 帰ってきた鶴に誘われて夜の仙台を出歩くことになった。待ち合わせ場所は毎度おなじみ、駅のステンドグラスの下。鶴は先に待っていた。


「あなたどうしたのよ。来る途中で人間の血でも吸ってきた?」


 鶴は真っ赤な口紅をさしていた。血を吸った吸血鬼としか思えないほど深紅に染まっている。


「失敗したの! 本当はもうちっと薄めのもの買おうと思ったんだけど間違えちゃった。捨てるのももったいないし。でもセクシーでしょ?」

「悪い男につかまらないよう気を付けなさいね。それだけが心配だわ」

「アリナはより一層に綺麗だね。お化粧しなくても十分すぎるほど綺麗なのに。なんかムカついてきた」

「私は変わらぬままのお元気な鶴で安心したわ。いきましょ」


 街は黄金色に輝いている。仙台は12月になると木々に無数の小さなライトが取り付けられ、夜は黄金の街に変貌する。SF映画に出てくるような光り輝く光景がいたるところで見られるのだ。

 お店に入って席に着き、最初に飲み物を頼んだ。鶴はウォッカトニック、私はレモンサワーにした。


「アリナってお酒飲めるんだ」

「あまり好きじゃないけれど飲めないことないわ」

「よかった。私の中のアリナのイメージはまさにそれだから。ビールとかグビグビ飲んで暴れはじめたらビンタして目を覚まさせるつもりだったよ」

「あなたこそ暴れそうだから心配」

「アリナはいつも私の心配してくれるね。私のママになってよ。ばぶ」

「大人なんだからあなたがママになりなさい。まだ私は子どもの気分だから」


 2人で乾杯する。

 鶴は一気にグラスの半分を飲んだ。私がビンタすることになりそうで早速不安になる。

 

「アリナはほんっとーに変わってないね。いや、でも妖艶さが増して……うん、アリナって老けなさそう。100年後とかもその姿のまま生きてそうだよね」

「まだ私たち20歳よ。気にすることないでしょうに。多分、年を取ってしまえば若さも容姿も気にならなくなるわ。私も梅干しみたいになって最後は骨よ」

「い~や! アリナは絶対魔女! そういう顔してるもん!」

「あなたもう酔ってるの?」


 彼女は否定したが肌が少し紅潮していた。酔いやすい体質である自覚はあるのだろうか。彼女は抑えることを知らないのか、すぐに2杯目を頼んではグラスを口に傾け空にした。

 酔いつぶれてしまう前に訊きたいことを彼女に訊いた。


「鶴は就職どうするつもり?」

「私は大学院に進むよ。法科のね」

「そうなの」

「弁護士になりたい」

「すごく意外だわ」

「親が検察官なんだけど、その影響で小さいころからそういうのに憧れててね。なんかかっこいいし、法律って生きていくうえで一番強い武器だと思う。この世の正義は六法全書にすべて詰まってる。最強だよ、私。もちろん今後司法試験も受けていくつもり」

「じゃあ私がピンチになったら鶴に依頼するわ」

「任せなさいな! 徹底的に潰してやるから!」


 彼女は高校生の時からあまり自分の将来のことを語らなかったから謎めいていたけれど、これが一番の衝撃だった。

 

「アリナは? 書店員の正社員とか? それとも就職と同時に上京?」

「絶賛悩み中なのよね……」

「やっぱモデルやりなよ! 絶対天下取れるって!」

「それは本当に仕事に困った時の最終候補として残しているけど、実はね……」

「なんかあるの?」

「あの……秘密にしていてほしいんだけど……」

「うんうん!」


 私は手で招いて鶴に近づき、囁くような声で言った。


「実は、小説の賞を取って……」

「おん!? 小説!?」

「わわっ、あんまり知られたくないから……」

「ごめんごめん。いや、マジびっくり。どうなるの? 本出る感じ?」

「来年の春か夏を目安に話が進んでるわ。私も初めてのことだからよくわかってないし、この先どうなるかわからないの」

「すごいなぁ。ペンネームとかは考えたの?」

「そのまま本名にする。こだわりないから」

「じゃあ本の予約とか始まったら言ってね! 内容は手に届くまでのお楽しみにしたいから言わなくていいよ!」


 実を言うとあまり知人には知られたくなかった。賞を取った作品名は「わたしの愛した彗星」。内容は私の現実とは無関係だけれど、私と彗の関係性を知ってる人なら絶対に彗を連想させるタイトルだ。もちろん書籍になるにともなって変更の可能性は大いにある。


「あぁ……なんか恥ずかしくなってきた……」

「えーなんでー?」

「だって自分の書いたものが人に見られるのよ!? 全国に……よく考えたら公開処刑よ。自分の裸を見せるようなものだわ」

「アリナ脱ぐの!? 写真集!?」

「あなたもう飲まないで」

「はひゃー。じゃあアリナは全国デビューってことかぁ。でも就活はしといたら? 働きながらの方が絶対いいよ」

「そうよね。何もかも上手くいくとは思ってないから保険はかけとかないと」

「来月の同窓会は参加するよね?」

「えぇ」

「気をつけなよ〜。オスどもがチャンスと思って言い寄ってくるよ。口説いてきたらビール瓶で殴りなね」

「大丈夫。彗が好きだからって言うから」

「そのカード強すぎ。彗も眠ってないで早く起きてよね。もう私たち20歳になっちゃったよ。起きたらさ、大人の余裕ってやつ見せてやろうよ。あらあら、って言いながらさ。吐息多めのセクシーボイスで囁いたらあの冗談うるさい口も閉じるんじゃない?」

「私がすればイチコロね。私の声って大人のお姉さんの雰囲気ってよく言われるから得意かも」

「もう喋り方がそうだもん。お上品なところ、もろセクシーお姉さんだよ」

「親の影響ね」


 その後、大学でのことや住んでる街のことをお互い話した。鶴は止めても飲み続けるから目はぼんやりとして呂律が回らなくなっていった。

 会計後、私はタクシーを捕まえて鶴と一緒に私のアパートへと向かった。今日はそういう約束だったのだ。


「ごめん、トイレ」


 鶴は私のアパートに着くなりすぐトイレに入った。そして案の定吐いていた。私はドア越しに声をかけた。

 

「鶴? 生きてる?」

「生きてるかも……」

「生きてるわね」

「吐いちゃったかも……」

「吐いてるわね。スッキリするまで吐きなさい」


 鶴が吐いている間に私は着替えた。

 流す音が聞こえ、鶴がおぼつかない足取りでトイレから出てきた。


「洗面所で口をゆすぎなさい」


 私がそういうとくるりとターンして洗面所に行った。

 そうして彼女はようやく落ち着きを取り戻した。


「ごめん、あとでちゃんと掃除するから。ほんとごめん」

「大丈夫。それよりもあなたあっちでもこんななの? すごく心配になってきたわ」

「アリナの前だと気が緩んじゃうんだよね。あっちではお酒はセーブかけてるよ。というか男と飲まないし。マジでお持ち帰り狙うやつ多すぎてキモい。アリナは?」

「私、大学であまりお友だちいないからそういう場は少ないの。交流の場はあるらしいのよ。他の大学との。私は行かないけれど」

「行ったらアリナは無双できるよ」

「みんな必死なのね。どうしてそんなにパートナー作ることに必死なのかあんまりよくわからないのよね」


 鶴はケタケタ笑った。


「アリナがそう思うのは彗が好きだからでしょ。必死になる必要がないよ。みんなは見つけられてないから必死なの」

「なるほど」

「私、彗のこと好きだったよ」


 鶴は急に真顔でそう言った。私はどう反応すればいいかわからなくて、口が半開きのまま固まった。


「びっくりした?」

「あ……うん。こういうときって……どういう顔するのが正解なのかしら……」

「あはは! 何その台詞! 別に気にすることないよ。だって白奈も彗のこと好きだったじゃん」

「あなたが彼のこと好きだったなんて想像すらしなかったわ」


 鶴は水を一口含んだ。


「だって面白いやつだったもん。顔も割と良いし。性格は癖あるけど仮面を剥がせばまともなやつだしね。でもアリナは彗のこと好き好きアピール凄かったから私は入り込めなかったよ」

「そんなアピールしてた……?」

「彗の傍にいるときのアリナってマジで乙女だったよ。私と一緒にいる時とは違かったね。声だって少し高くなってた」


 人からそう見えていたのかと思うとじわじわ顔が熱くなってきた。


「それに彗もアリナのこと好きだってわかってた。だから私は何も言わなかった。恋愛に遠慮はいらないって考えてるけど、両想いの2人の間には流石に入れないよ」

「彼……本当に私のこと好きなのかしら」

「好きでしょ」

「でも答えは聞けなかった。2年前の夏の終わりに答えてくれるはずだったの」

「……やっぱり勝てないよ。ずっと待ってるんだね。これからも?」

「私が死ぬまで」


 そう言うと鶴は満足そうに微笑んで横になった。

 

「東京に来る機会があったらさ、今度はアリナがうちに来てよ。なんか作ってあげる。私たこ焼き作るの上手いよ」

「いいわね。楽しみにしておくわ。あと彗のこと全部思い出したわ」

「え!? 記憶戻ったの!? 彗に関する記憶だけ失ってたってやつだよね!?」

「そう。時間がかかってしまったわ」


 それから私と鶴は寝るまで高校時代の思い出を語らいあった。

 まるで女子高生に戻ったかのように。

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