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わたしの愛した彗星  作者: 水埜アテルイ
彗星の物語
9/105

第8話 薔薇の愛する花

 予想外の展開に俺を含め、この場に居合わせる全員が凍りついた。


 みな口を閉じ、彼女が何を物申すのか息を呑んで待つ。

 向こうで練習しているバスケ部の数人もこちらに釘付けになっている。

 アリナは息を吸い込み、遂に切り出した。


「あなたたち約束一つ守れない生き物なの?」


 アリナの冷たく鋭利な声色が耳に響いた。

 全員、彼女の言葉で固まった。容赦ない表現にどう反応していいか、みんなわからなかった。そしてなぜ彼女がここにいて、自分たちを叱責するのか。問題児の彼女が切り込んできたのはなぜか。

 アリナに敵視されてるバド部、味方されているテニス部、の両者ともに混乱していた。

 

「聞いてるの? 耳が聞こえなくなるくらいの大声は出してないつもりだけれど。バドミントン部の一方的で不公平な要求じゃない。この歳になっても物事の正しさが判断できない?」


 言葉の最後に必ず挑発文句を入れる口調は実に彼女らしかった。

 負けじとバド部の女子が口を開く。


「だからあんたにも関係が――」

「またそれ? 気持ち悪い変態帰宅部員がぺちゃくちゃ喋っていたけれど、おおむね正しいわ。第三者視点で自分を見下ろしてみなさい。どれだけ自己中心的で駄々をこねる子どもみたいに怒鳴りつけているか気付くわ。そもそも、あなたたちの先輩の約束事を無下にしてもいいのかしら。先輩たちがあなたたちを見たらどう思うでしょうね」

「それは、ちゃんと説明を――」

「聞き苦しいわ。バド部の先輩に言い聞かせたとして、テニス部の先輩は? 可愛い後輩がバド部の連中にキツイこと言われてるって思うでしょうね。それでもまだ不毛な言い争いをしたいなら、面倒だけどあなたたちバド部の先輩を呼んであげるわ。どうする?」


 彼女の脅しに近い言葉でバド部の先頭の女子がたじろいだ。

 後ろからは伺えないが、きっとアリナの顔は氷河期より冷たい。マンモスもその冷たさに驚いて目覚めちまう。


 そろそろ潮時だ。


 アリナの言っていることも正しいが、事態は収拾しそうにない。

 これ以上いるとかえって話の論点がズレていく。


「アリナ、戻るぞ」


 彼女に囁いた。が、ピクリともせず正面に顔を固定する。

 数秒の沈黙が流れた。もう一度声をかける。


「ほら、戻らねーとラーメン冷めちまうぞ」


 くだらない冗談を交え、ようやくアリナは足を動かした。

 アリナの横顔が見える。相変わらずの冷めた表情。


「わりーな、白奈。余計に混乱させちまって」


 去り際、白奈に謝罪した。

 アリナの後を追って体育館を出た。

 薔薇園に戻った後、アリナはすぐに荷物をまとめて出て行った。

 

 1人になった空間で俺は呟いた。


「あいつ、なんで来たんだ……?」





 休日を挟み、月曜日。

 教室に入って席に着くなり、真琴がやってきた。


「おはよう、彗」

「うっす」

「金曜日は悪かった。巻き込まなきゃよかったな」

「気にしてねえし謝る必要はねえ。面白いものも見れたしな」


 面白いものはアリナだ。

 あの場の空気を一転させた珍劇は大変面白かった。ドラマかよ、と心の中で呟いたのは内緒だ。アリナに聞かれたらガミガミ言われる。


「それで、あの後は? バド部とテニス部はどういう結末になった?」

「あの後は一旦別れて落ち着いてから話し合ったよ。テニス部に場所を今まで通り共有することになった。いやあマジでよかった。また激論が始まると思ってたからヒヤヒヤしてた……」

「丸く収まったってことか?」

「一応は。今日バド部とテニス部がまた話し合いをするけど現状維持になるんじゃないかな」

「なるほどな。組織に属するってのは大変だ」


 再び口論が繰り返されないことを祈ろう。


「……日羽が来たのがびっくりした。何が起こったのか最初わからかった」

「俺も予想外だったな」

「やっぱりさ……日羽と彗って付き合ってるだろ。最後だってアレなんだよ。一緒に体育館出て行ったじゃん」

「付き合ってるわけねーだろ。こっちからお断りだ。あんなのと付き合ったら1週間で死ぬぞ」

「誰にも言わないから! 絶対に言わない!」

「マジで誰とも付き合ってねえ。本当だ。事情はちょっと話せんが……このことはあんまり言わんでくれ。アリナがブチギレたら俺の命が危なくなる」

「クソー。めっちゃ気になる」

「アリナと付き合っていないことはマジだ。嘘だったら全校生徒の前で小便してやるよ。生徒会長が演説し始めたらおしっこパーティーしてやる」

「信用できない。彗はいつも冗談ばっかりだからな」


 身から出た錆だ。反論できなかった。




 昼休み、真琴との食事会。


「さて、食事会だ」

「飯食う前に毎回それ言うのやめてくれ。普通に恥ずかしい」

「高貴な食事会だというのに何を文句言ってんだ。おい、シェフはいないのか。はやく連絡しろ」

「シェフは彗の母親だろ……」

「いや、もしかすると俺の妹かもしれないぞ」

宇銀うぎんちゃんだっけ。将棋の名前みたいで変わってるよな」

「殺すぞ。妹を侮辱すんじゃねぇ」

「箸を逆手持ちするなよ、侮辱したつもりないけど悪かったって」


 とりあえず真琴に心的ダメージはなさそうだな。

 あまりこいつの前ではアリナの話が出ないようはぐらかしていくか。


 すべての授業が終わり、俺は薔薇園へと向かった。アリナは来ていなかった。彼女が来なければここは存在意義のない空間だ。さっさと来い。


「掃除するか……」


 未だに完璧とは言えない環境であるので俺は再びホウキをとって掃き始めた。

 窓を開けて室内の空気を追い出す。ひでえ空気だ。さらに通気性をよくするためにドアを開けた。


「うわっ」

「どいて」


 ドアの前にアリナが立っていた。若干上目遣いで睨みつけられる。アリナの身長は女子平均より高めであるが俺の方が高い。

 彼女はズカズカと歩き、ドスンと鞄を長机に置いた。一つ一つの動作がうるさくてイライラが滲み出ている。もっと静かにおけよ、と喉から出かかるのを飲み込んで、アリナの右手に持っている大きな紙袋に注目した。


「その右手のなんだ? 随分とデカイな」

「あんたの生首が入ってるのよ。新鮮なね」

「人違いじゃないか? ま、まさか俺は気づかないうちに脳味噌が機械に――」

「そんなわけないでしょ。ホントつまらない男ね」


 辛辣なことを言って俺を傷つけることが趣味らしい。

 アリナは紙袋に手を突っ込み、それを取り出した。


「すげえ。青い薔薇か」


 沢山の蒼く染まった薔薇。それらをブーケにしたような花束を彼女は取り出した。

 それを小さな花瓶に入れて、長机にそっと置いた。


「薔薇ってどのくらいの頻度で水をやるんだ?」

「水は必要ないわ。プリザーブドフラワーって知ってるかしら」

「いや」

「水分を抜いて加工した花よ。死んでるから問題ないわ」

「はー、そんなものがあるのか」

「母が趣味でプリザーブドフラワーを作ってるから貰ったのよ。だからこの味気ない部屋に持ってこようと思ったの」

 

 アリナはそう言って目を細めて薔薇を見つめた。

 いつも眉間に皺を寄せているものだから俺にとっては意外な一面にうつった。薄く微笑む彼女が気持ち悪いくらいに。

 

「アリナ。あの時どうして来たんだ?」


 体育館に現れた時のことだ。


「クルミほどのその小さな脳で考えなさい」


 この返しは予想の範疇だった。

 簡単に答えを教えてくれるほど社会は優しくない——というよりこいつは微塵も優しくない。

 青い薔薇を整えるアリナが楽しそうだったから俺は訊くのをやめた。機嫌のいいアリナはいい絵になる。

 急に彼女は顔を上げた。


「それはそうと」

「なんだ」

「どうして私があんたと付き合ってるっていう話になってるわけ? そろそろ我慢の限界なのだけど」

「それについては俺も困っている。どうにか誤解を解くから任せろ」

「嫌でも周りから聞こえてくるのよ。どうにかしないとあんたの戸籍も存在も抹消するわよ」


 どんな国家権力を持ってんだ、この女は。


「でも美少女・日羽アリナと交際してるっていうのは自慢できそうな話だな。世界中の嫉妬が俺に集まる!」

「両手出しなさい。爪を全部剥がすわ」


 俺は立ち上がって男子トイレへと逃げ込んだ。

 アリナも追ってきていたが、トイレ前で悔しそうに立ち去った。

 久しぶりに最高の優越感を覚えた日だった。

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